というかつめし蔵心の俳句を読んだ"私"。
オルタナティブな森羅万象全般に興味を示し、怖い物よりも退屈で無難なのが恐ろしいと感じる"私"。
そんな私が恐怖する物がある。名前はInstagram。
あそこは本当に怖い。
皆"世間的にまともである"
Twitterで暴れてる人もInstagramではまとも。
昔、ガバガバってどういう意味なのー?っとナチュラルに質問されて顔面アンナチュラルになったことがある。
年齢を重ねてきて思うに、ポケモン文化圏・渋谷系文化圏・逆張り文化圏は総じて少数派で自分が思っている以上に自分は"普通"ではない日本語を使い、"普通"ではないことを常に考えている。
その現実を永遠に押しつけてくるのがInstagramである。
元はといえばてのチャンネルや高校生の時から聴いてる音楽ユニット(禁断の多数決など)なんかを追いかけてアカウントを作ったのだが恐ろしい扉を開けてしまった。
例えばInstagramでは女の子が単刀直入にセクハラされたりしない(裏ではえぐそう笑)し、露出度よりデザインが評価されたりする。Twitterは単刀直入に乳首が流れてきたりするが。
ザッカーバーグ系の自称リベラルな人間達がなんとなくいけすかないから好きでは無いのだが、真人間的で表層的なのはやはりInstagramか…
とにかく自分は本当に悪意とかも無く、普通の事にしか興味をもたない人と会話するのが怖い。人を陥れようだとか、本当に無償の愛を持って性善説で生きてきた人に照らされると負けてしまう。
終わりの俳句
miwaの360度えぐいてぇ。萩野、この船降りろ。
極真の佐藤七海選手、あの雰囲気で種目えぐいとこかっこいい。