この家で飼われている猫は全部で100頭。そう、所謂多頭飼育崩壊ってやつだ。俺達猫はバイバインの栗餅みたく鼠算式に繁殖していく。
飼い主は5万円の国民年金で生活している婆であり、当然エサは半年以上配給されてない。
こんな環境下で生きていくのは大変だ。力が強い奴は1カ月で、頭の良い奴は3ヶ月で死んだ。良い奴と弱い奴は俺のエサとなったので必要無い分だけ俺が生かしてある。
生き残っている奴は総じて悪意の強い奴だ。今日も悪意に劣る猫が死んでいく。
ここで生きるということは少しの隙があると命とりとなる。
ところで本当は維持にエサが必要な生きエサなんて必要無い。生きエサというのは他に隙を見せないための建前で、本当は恋猫だ。
ところで本当は維持にエサが必要な恋猫なんて必要ない。恋猫というのは他に隙を見せないための建前で、彼らは1匹の妹と1匹のオス猫だ。
俺はこれからも業をおかし続け生き続ける。そう思っていた。今日までは。大切な物を守るためにこの身体が動くとは思わなかった。
達成感と無限地獄から解放された喜びで不思議とそんなに悪い気分ではない。
次に生まれ変わるなら猫ももちろん人間も嫌だ。あそこで床擦れを掻いたまま伸びている婆をみてると猫も人間もどうしてこの世に生を受けたのかわからない。
1匹の諸悪を自覚した猫が本当の悪を自負した猫に噛まれて猫らしからぬ哲学論考を行いつつ息を引き取ると残された1匹のオス猫がストーブ用の灯油が入った洗面器を王者に投げつけた。
そして、まったく間を開けずに翡翠色のチャッカマンを咥えて近寄り、即座に離れた。
オス猫は冬の北海道の寒さを火葬の火で凌ぎながら消毒用アルコールを飲んだ。
揺れる火柱をつまみに、残った恋人が震えながら逃げようとするのを容赦なく爪でとらえ、反応を楽しんだ。そして首元を噛み、またがった。
新たな人間が年老いた婆が姿をみせないのを案じて見回りしに行くと人間の死体が1体、雌猫の死体が1体、猫と子猫の死体が無数、たった1体生きた雄猫発見されたという。
この雄猫は最初から最後まですべてを目撃していた。"演じること"によって。悪意からではない悪意によってセクシャリティも性格も偽を演じることに成功していた。
演じた理由は思いつき。生き残るためなどではない。自然に発生した悪意は悪意の悪意を堂々と凌駕する。
そして、パノプティコンの中心に自分が居ると信じており鑑賞を楽しんだ。
しかし、満足できなくなった彼は最後に唯一残った3室の扉を開けてしまった。
思いがけず彼は勝者となった。
コスモ宇宙教団叢書『悪を超える悪 ねこのジョナサン』より
かもめのジョナサンとはまったく無関係。