　日曜日放送のＮＨＫ杯戦はなかなか見られないレベルの大逆転であった。先手大石が格上の斎藤相手に善戦。敢えて言うがそれほど煌めきはないものの着実な手を積み重ねてリードを拡大していく。１図は△８八桂成で斎藤が下駄を預けた局面である。

　先手目線では、何よりも▲５四銀が目に付くところで、△同玉で後手玉を釣り上げて背後から▲７二角と打てれば、読みを入れるまでもなく寄り筋。玉が逃げても手順に寄りそう。プロでなくても程々のアマ上級者なら指がここにいきそうだが、大石の着手は当たりにもならない▲７四歩。『これ、詰めろなの？？』と訝しむ間もなくＡＩ評価が下がる。これでも大石にまだ評価は残っていたのだが、△４四歩に対する▲７三金が目を疑う芋筋で本当に逆転した。大石は本譜手順で出現した▲３二角への△４三銀を見落として、▲７四歩〜▲７三金で詰むと考えていたのだろう。

　しかし、この２手は申し訳ないが、本当に筋が悪く、上手な人はそもそも思いつかない類の手である。▲７四歩はいわば保険がかかっていない手で、秒読みでも他の手を考えそう。局後のインタビューで大石は『勝てそうと思ったが、正着が分からなかった』旨の発言をしていたが、瞬間的な大幅棋力低下であろうか。

　不思議な将棋を見た思いだが、斎藤は生き残り、次戦は佐藤康光—増田の勝者である。今期のNHK杯戦は強い棋士がやたらに集中しているブロックがいくつかあり、最もハードなのは羽生と豊島、永瀬のブロック。藤井のブロックも濃いし、佐々木勇気のブロックも有力棋士が目に付くが、斎藤のところもなかなかだ。何気にハイレベルでしんどい気がする。

　ではどこがぬるいか？　言わぬが無難であろう。

これほどの大逆転を目撃しようとは＜NHK杯戦：大石ー斎藤＞