皆さま、新年は明けましたでしょうか?あけましておめでとうございます。新年を迎えるとき、未成年から成人になる瞬間、その時間の経過の仕方といいますか跨ぎ方と同値のような気持ちになります。要するに気持ちの問題。


 三が日、至極の7桁の数字を追う日々が続いていますが、どうやら女性も熱心に追っているらしい。何だよ、思ったより人類は健康じゃないか。変態大国の異名は伊達じゃなかった。


 お酒は飲んでも飲まれるな、みたいな世間の常套句をさもおもしろジョークだと思って笑いを誘ってくる人間、普通に面白くないので会話が続かない。これは架空の人物へのクレーム。


 頼むから女性アーティストを意気揚々とリクエストして、オクターブ下で歌うんじゃないよ、全く。


 笑いもセックスも意外性が大事だと思ってるので、そういうギャップを大切に笑いを誘って欲しいし、速やかに発声も何とかして欲しい。


 妖怪YouTube巡回おじさんなのでひたすら視聴を続けており、様々なライブを漁っているなかで思い出したけど、あれだけ大好きだったベガスのライブ全然行かなくなってしまったな。まあ、地下/ライブアイドルに通うようになって優先度が下がったんでしょうけど。


 駅伝を見てると過呼吸になる。


 中学生のときに長距離走でよくわからない大会に出させられたことがあって、明星大学?かどっかの敷地がコースになっているのだがありえないくらいの勾配があって地獄のような思いをしたことがある。


 好き好んで走っているわけじゃないのに、競走までさせられたことをかなり根に持ってるらしい。


 そこからわざわざ苦しんでまで競争する長距離走的なアプローチの競技は好きじゃない。


 あと母校を応援する心境、かなり不思議すぎる。出身だとしても単にOB・OGという希薄な関係性を厚かましくベクトル変換して熱量に変える行為、かなり狂気的だと思う。


 これは地元を大切にする、という心境に近しいところがあると思うけど、わたしは小学・中学はあんまり楽しくなかったのでこれっぽっちも大切だと思ったことがない。


 あるあるらしいけど、その年代のときにいじめや思い出としてキラキラしてる出来事がないと、わたしのような思考になるらしい。陽キャの弟は未だに小学生のときの友人と毎晩飲み歩いてる。人生が眩しすぎるだろ。


 それとわたしは関係性をリセットしがち。


 高校生になるタイミングで絶対に遠いところに通いたい = 地元に近い高校には通いたくないって強く思ってたから、死ぬ気で勉強した気がする。おかげで、その中学校からは進学実績のない都立高校(中高一貫校だけど)に推薦入試で進学した。


 内申が41(その高校は44以上ないと合格できない。当時の最大値が45だった。)しかなくて当時副校長のおばさんに「絶対合格できないよ」って嫌味言われたの、昨日のことのように覚えてるよ。


 高校を卒業して大学に進学してからも高校のときのお友だちってマブ1人以外とは全くあってない。


 いまでは大学のときのお友だち、ほとんど誰もあってない。もう顔も名前も曖昧になってる。


 別に高校生以降の出会いをリセットするつもりもないんだけど、自然と疎遠になる。もしかして、わたしは社会的な組織に属することが極めて向いていないのか。



 思想の強いクレヨンしんちゃん、日本版サウスパークみたいで好きだよ、おやすみ。


 び(17)