五感プロデュース研究所、-S

人の聴覚は様々な外的刺激を脳の聴覚野で認識し、判断している。
但し、聴覚も経験記憶に関係している。子どもの頃に「危ない音」、車がぶつかる音やガス漏れの「シュー」という音、高い場所から物が落ちる音などを私たちの身の回りには「危ない音」、自然界の「心地良い音」など様々な音情報を脳に記憶して行くのです。
都心では、車の通る音、人の話し声、信号機、お店のBGMなど本当に多くの音情報に溢れている。
現在、子どもたちや若者たちの多くは「耳を澄ませた体験」が希薄であり、以前に中学生で五感授業を行った時に「サウンドスケープ」、音風景と題して、目を閉じ、その場に立って聞こえる音をシートに書き込んで貰ったものです。
生徒の中には、目を閉じると、やかましいくて怖いと表現する子どもいた、昆虫の鳴き声がどれで、野鳥の鳴き声がどれなのか? 理解できない人たちが多いのです。
これらは日々の生活の中では、人工的な刺激、デジタル音(電子音)、デジタル映像、3D映像、バーチャル映像など、遊びもテレビゲーム、インターネットゲーム、飲み物や食べ物も人工甘味料など様々な人工的な刺激に曝されています。これらの感覚では、アナログ的な刺激が認識、理解できず、昆虫や野鳥の鳴き声がやかましいと感じ、雑音として認識するのです。
以前には、風鈴の音色がやかましいと隣人とトラブルになり、若者が隣人を殺害するという事件が発生しました。これらがまさしく、人工的なデジタル音の感覚に陥った感覚が危ないと私が警鐘を鳴らしているのがここにあるのです。
人が音を認識するのは、例えば昆虫や野鳥の鳴き声など心地良いと感じたときには、人の脳の左脳の聴覚野が刺激され、認識します。逆に電子音や雑音などは右脳の聴覚野で感じ、認識するのです。
但し、日本人と欧米人では「音の認識に違いがある」。欧米人の多くは昆虫や野鳥の鳴き声を右脳の聴覚野で認識しているので、雑音と感じているのです。
現にアメリカ人の多くは「蛍」を(ファィヤーフライ)、火の蠅と表現し、うっとしいと感じているのです。ですから、蛍が近づくと手で払おうとする人も居られます。
日本人の文化として音を楽しむ「音遊び」という風習があります。
和楽器を始め、遊びにも昔は様々な音がありました。たこ揚げにもブーン、ブーンという音を出したり、夏場の風鈴の音色、祭りの太鼓や笛の音色など本当に様々な音風景があります。
ところが、最近はこれら音風景にも「異変が生じている」。それは、昨年の夏に、盆踊りを「無音」で踊っている異様な雰囲気を見かけたので、私は踊っている人たちに声をかけ、なぜ、音を出さずに踊っているのですかと問いかけると、近所から盆踊りの音がうるさいとクレームがあったからだと答えて呉れたのです。
太鼓や笛の音色なども現代人は雑音と感じている人は多く成って来ている。私はこの殺伐とした感覚を「音の欧米化」、「五感の欧米化」と呼んでおり、日本古来の音の認識、感覚にも異変が生じているという証しです。
これらの感覚に陥るのは、やはり、現代社会の環境の急激な変化が影響していると私は考えている。
現代社会は、私が提唱している「無傾向社会」と呼んでいるように、無を好む人たちが増えている。これらを対象にした製品、商品も世の中に溢れている。「無味」(ゼロカロリー)、人工甘味料、「無臭」(合成香料)、芳香剤、脱臭剤など、「無音」(快適音)、ヘッドホーン、携帯プレーヤーなど。
このように無刺激な感覚が好まれている傾向は決して良いことではありません。特に子どもの頃からこのような人工的な刺激を五感で受け取り、脳で感じると、脳の正常化、活性化には繋がらないのです。
やはり、心地良い音も聞き、香りも嗅ぐ、見る、触る、味わう、そして不快な刺激も受け取る。嫌な音も、臭い匂いも嗅ぎ、汚い物も見る、嫌な物にも触る、不味い物も味わうなどの刺激が脳に体験記憶として定着し、そして、快適な刺激も不快な刺激も識別でき、そして、五感も鍛錬され、同様に脳も活性化し、正常化するのです。脳の活性化は、感性、観察力、洞察力、集中力など様々な脳力に重要な要素です。
以前から私は何度も提唱しているように、五感を鍛錬する重要性は、ずばり脳の発達、脳刺激にあるのです。正しい判断、認識など、様々な脳力を発揮させるためにありとあらゆる刺激を五感を総動員して感じ取り、五感の鍛錬から脳を活性化させることで、人の潜在的能力など、様々な脳力が発揮出来るようになるのです。
皆さんも、視覚以外の感覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を意識的に活用し、研磨する重要性がここにあるということを私から提言させて頂きます。