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救援物資に「がんばっぺ」 都内から段ボール150箱
2011年4月4日 提供:共同通信社
福島県いわき市で透析患者らを治療する「いわき泌尿器科」の廊下に「がんばっぺ(がんばろう)、いわき」と書かれた20枚以上の色紙が飾られている。福島第1原発の事故直後、物資が不足する故郷に役立ててもらおうと、地元出身で都内の会社に勤める女性から段ボール150箱分の救援物資が送られた。色紙はスタッフを励ますように、箱に同封されたものだ。
送り主は御代貴子(みよ・たかこ)さん(33)。原発事故直後、一部が屋内退避区域になったいわき市では、放射性物質の影響を恐れてタンクローリーなどが市内への輸送を拒む問題が起きた。御代さんは、地元新聞社の友人らから情報を集め、行政の支援が届きにくい小規模の医療機関を支援先に決めた。
インターネットの交流サイトで同郷の友人や会社の同僚に協力を求めると、初対面の人までが物資を持ち寄った。トラックは御代さんが手配した。
「物資を送ります」と連絡があったのは、地震から1週間を過ぎた3月19日。見知らぬ人からの突然の申し出に、職員の大和田武士(おおわだ・たけし)さん(34)は半信半疑だった。その日から3日間、缶詰や大人用のおむつなどが詰まった段ボールが次々と運び込まれた。
大和田さんは「行政よりも早く、一番きつい時に手を差し伸べてくれた。タイガーマスクが助けてくれたような感じです」と笑う。御代さんは「故郷とのつながりを再認識した」と話している。

私も東北青森県の出身で、家内の親戚は仙台市在住で、自宅は大丈夫だったという報告を受けて安心しました。
但し、東北の太平洋岸は地形までも変わってしまったのである。
専門誌やレポートを読みましたが、宮城県の一部は、5m近く、大陸が太平洋岸に引っ張られ、これらの影響で余震や誘発地震が多発、一ヶ月以上経っても未だにおさまりません。それどころか、専門家の会見では何年か続くという見解を述べています。
今回の記事の中で「がんばっぺ」とは、宮城県や福島県でよく使われている方言です。私の生まれた津軽地方では「けっぱる」と言います。
けっぱる=頑張るという意味です。
私は今回の災害に対して、具体的な金銭支援はさほどしておりません。逆に大手企業に東北関東大震災後の翌日に電気自動車、物資などの依頼を頼みました。そして、現実に支援が始まったのです。
他にも、災害に対しての備え、感知、察知、警報、予知などのシステム、装置、センサなどの開発、研究に取り組むことで、今回のような安否確認や津波警報、地震の予知、今回の大震災にも前兆が2日前にありました。これらデータや予知に関する精度を高める。瓦礫などから生存者を素早く捜し出すセンサの開発、研究も必要であると考えて、私がプロデュースして「命のネットワークプロジェクト」と名付け、これら繋がる携帯電話、安否確認が出来るインターネット、高性能トランシーバー、人の救出のための体臭などから察知するセンサ、システムなど、これらセットにジュラルミン製のケースに入れて、災害地にいち早く運び出し、活用することで、今回のような災害時に役立つ物です。
これら運び出す。医療関係者、救助隊なとがいち早く駆けつけるために、一人乗り用の電気自動車の開発、これら大手自動車会社が開発に着手することが決定しております。このように命のネット(輪)が繋がり、多くの人達の命を守る。救い出すことが出来ればと私は考え、構想致しました。
今後は、これら関連企業、大学、勿論、日本政府からも支援援助を受けたいと願っている。これらのシステムなどは、災害大国である。日本の災害に対するノウハウと高い技術であり、世界各国が望んでいるところです。現に私共の社長のところには、ロシアを始め、これらの災害防止システムの開発や研究が始まり、完成したら製品が欲しいとの依頼も有るほどです。
これらは災害時だけでなく、テロの対策、予防、抑止になる可能性も高いのです。これらは日本に限らず世界でも通用するものです。
私は、これら今回の宮城沖地震の教訓から学び、そして亡くなられた多くの方々の思い、供養から考えられたものです。
私はこの「命のネットワークプロジェクト」を構想し、考え出されたものです。今後とも私はプロデュースに関わり、企業や大学、日本政府にも協力、連携を求めて努力して参ります。
五感プロデュース研究所、研究員、荒木行彦、