ロンドン —— また始まった「趣味としての」物件探し
2014年、私たちはルクセンブルクに住んでいた。ロンドンで“趣味の物件探し”を始めた。 人によっては切手を集めたり、編み物をしたり。私は物件探しが趣味。 目的は2つ。
- 旦那さんの母国イギリスを退職した時の拠点にする
- ロンドンに住む子供達が“高賃貸市場”で生き残れるようにする
その頃長男はロンドンの医学部に通っており、6年間のストレス・カフェイン・学費との戦いの真っ最中。 次男もロンドンの大学に進学予定。 ロンドンの家賃は狂気の沙汰。物件は学校の職員室に置かれた差し入れのドーナツより早く消える。ロックダウン中の子犬の里親募集のような競争率。
西ロンドンの現実と、東ロンドンへの移動
私は最初、ケンジントンで物件を探し始めた。 楽観的だった。妄想的だった。あるいはその両方? 後に、ハマースミス、シェパーズ・ブッシュ、ホワイトシティへと移動。 CPD(研修)をロンドンで受けるようにスケジュール組み、教員研修の合間に何マイルも歩き回った。 研修で鍛えられたのは知識ではなく、ふくらはぎ!
やがて現実が肩を叩く。
「ケンジントンは宝くじに当たらない限り無理」西ロンドンは高すぎた。
そこで東ロンドンへ。 オリンピック前後の再開発で活気があり、カフェやベーカリーが増え、腎臓?を売らなくても買える物件がある地域。
ついに見つけた物件と、1年に及ぶ“退去劇”
そこで見つけたのが、 1ベッドの物件。以前は2ベッドだった形跡があり。誰かがDIYの勢いで壁を取ったよう。
私は2万ポンドの値引きオファーを出した。 旦那さんは見ていない。 オファーは即承認。 ロンドンは本当に不思議。競争なし。
しかし、ここからが本番。 入居者たち(ベッド数からして複数-たぶん移民の人たち?)が退去を拒否。 石にしがみつくアワビのように動かない。 オーナーは裁判所命令を取る必要があった。 ようやく契約完了した頃には、実務経験付きの弁護士になった気分。
10%ルールと、ポーランド人職人の奇跡
鍵を受け取る。リノベ開始。「リノベ費用は物件価格の10%以内」ルール。 キッチン、バスルーム、床を総入れ替え。
ほとんどの業者の見積もりは、 なんか期待と違うよ?と思うほど高額。 そんな中、不動産屋(共同経営者)が紹介してくれたポーランド人の新しい会社が、驚くほど良心的な価格を提示。 床材もポーランドから高品質のものを持参し、1週間ほどで完璧に仕上げてくれた。
賃貸トラブルと、ロンドン不動産業者の“お約束”
しかし、息子たちはまだ賃貸契約が1年残っており、1ベッドに住む気はなし。 ロンドンは孤独になりやすい街。友達と住みたいのは当然。
そこで、若い男性2人に貸すことに。 礼儀正しく、綺麗好きで、完璧なテナント。 しかし……1年半後、家賃が止まる。
不動産屋はメールにも電話にも応答せず。 最終的にテナントに弁護士を通して退去をお願いすると、彼らは驚愕。
「払ってないのは僕たちじゃない。不動産屋が送金してなかったんです!」
どうやらそれは本当らしい。不動産屋とは連絡取れず。彼らは別の物件を見つけ、引っ越した。
子どもたちへの名義変更と、再開発プロジェクト
長男は2017年末から2020年まで住み、 次男は2021年に入居。
2022年、管理会社が「再開発プロジェクト」を発表。取り壊して新しいマンションを 段階的に建てる計画。まずは説明会。 物件を3人の子供達名義に移し、彼らが質問や交渉を担当。 良い人生経験。 私には忍耐の訓練。旦那さんから「口を出すな」と厳命。
持ち家の一部だけが同等サイズの代替物件をもらえる制度にするか、売って1年以内に退去。 提示された代替物件はどれもピンと来ず。 最終的に管理会社に売却することに。 業法務費用・引越し費用・印紙税はすべて負担してくれた。
子供達で相談、2ベッドの新しい物件を購入。 場所はベスナル・グリーン。ロンドンで一番トレンディな場所。 決断は早かったものの、売却と購入を同時に進めるのは大変。 長男が弁護士とのやり取りを担当。 またまた旦那さんから「口を出すな」と言われ何とか口出しとどまる。 辛かったー。
そして“ボーナス章”
数年後、突然の電話。 あの不動産屋の共同経営者の女性から。
彼女はすべてを説明し、謝罪。 未払い分を返金したいと言い出した。 実は、家賃を使い込んでいたのは彼女のビジネスパートナーで、 彼女は会社を一人で引き継ぎ、単独オーナーとなった今、経営が安定したため返済したいとのこと。
ここ10年間は夕食会で語り続ける価値があり。

