次男がサッカーをしていますが、あくまでもそれは趣味という立ち位置です。
朝起きて歯を磨いて朝ごはん食べて学校に行って帰ってきて宿題をして晩御飯食べてお風呂入って、、
というのはある意味子供として日々やらなくてはいけない次男の義務。
その義務の時間を除いて余った時間に何をするかは自由。
その時間に次男はサッカーをしているというだけ。
サッカーは趣味なのでいつ辞めてもいいし別の趣味をしてもいい。
高校生になった長男はそのあたりをしっかり理解しているので、高校生としての義務をやり終えてからは自分なりの趣味に時間を割いています。
長男が中学生の時は一緒にフォートナイトをしていましたが中学校卒業と同時にこれも卒業して、夜な夜なヒロアカのオンラインゲームをしています。
フォートナイトに比べると大して面白いとも思わないしむしろ退化しているんじゃないか高校生でハマるゲームかと思いますが、義務をきっちり行って余暇を楽しんでいるだけという認識なので口出しはしません。
ちなみに私には家族を養う義務があり、その義務とは仕事をして報酬を得ることです。もちろん妻が怒らない程度の家事や育児も義務。
その義務以外の時間は自由に使えて何をしてもいい中で、次男の趣味であるサッカーは私の趣味でもあるので乗っかっているだけ。私には他にもたくさんの趣味がありますが、今しかできない趣味の1つが次男のおっかけなのでこれにプライオリティを置いています。
サラリーマンとして長く生きている私は良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、趣味を仕事にするという考えはなく趣味は趣味、仕事は仕事と切り分けた考えを持っています。
中学生になりクラブチームで過ごす次男を見て、やはり気になるのはこの部分。
先日のこと、10年以上前に本では読んだことがあったのですが内容をすっかり忘れてしまった「博士の愛した数式」がwowwowオンデマンドの映画版で見れたので思い出しながら、観ていました。
私自身の祖母、子供たちからするとひいばあちゃんが博士よりももっとひどい10秒で忘れてしまう認知症なので、当時本で読んだ頃より親身になって観ていたら長男や次男も一緒に観ていました。
そんな映画で出てきた
「220」と「284」が友愛数であるという話。
それぞれの約数
220・・1, 2, 4, 5, 10, 11, 20, 22, 44, 55, 110,(220は除く)
284・・1, 2, 4, 71, 142, (284は除く)
博士がこの数字を書き出していきながら、この和がお互いの数字になるという運命的なシーンがありました。
認知症の数学の博士が出てくること以外のことはすっかり忘れてしまっていた私は友愛数が何であるかもすっかり忘れていて、新鮮な気持ちでこの数字の羅列をみて和を計算していました。
博士が解を伝える前に私は暗算し
「すごい、それぞれの約数の和がそれぞれの数字になる!」
と、次男に伝えると
「おとうさんすごー、これ暗算できるの?」
と褒められました。
私は公文を習っていましたが、そんなに特殊な暗算はしません。
284は
1+2=3、3+4=7、7+71=78 78+142=220 で比較的簡単です。
220の方は数字が多いですが
1, 2, 4, 5, 10, 11は4と5と1で10、2+10+10+11=33
33+22=55 で55 55+55は110 110+110=220 残り20と44足したら284。
計算の仕方は一緒かわかりませんが長男はできます。
次男、時間をかけても暗算は両数字ともできませんでした。
映画はまだ中盤当たり。
私は心配になります。
次男、大丈夫か。中2だぞ。
その後映画は観ているものの、いったい次男はどういう気持ちでこれを見ているのかの方が気になります。
「記憶なくても、野球できるんだ」
次男の言葉に、認知症は短期記憶と長期記憶がうんぬんかんぬんと説明しようと思いましたがどうせ覚えられないだろうと説明を諦めて
「すごいなー」
と答えます。
映画は淡々と進み、次男は途中で明日も早いのでと寝室へ行ってしまいました。
長男はいつの間にかヒロアカをしています。
私は再度コーヒーを片手に映画に集中します。
本と映画では少し違うようですが、映画は映画でとてもいい内容でした。
私自身の祖母が認知症になったというのが、さらに心に刺さるものがありました。
映画を観終えて、感傷に浸ります。
そして次男のことを想います。趣味だけを全うするのは違うぞと叱っても叱っても説いても説いて義務の遂行を怠る次男。
今もリビングには脱ぎ散らかされた学校の制服や靴下が、テーブルの上には次男の食べ終えたヨーグルトの空箱があります。
私はそれらを片付けながら思います。どうすべきか伝えるべきか、サッカーを引き合いに出すべきか出さざるべきか。
私はもう一度映画を思い出し、xに次男を入れて考えます。
そして、ぼんやりとした答えが出ます。
次男+義務=妻
もう10年以上前に映画化された「博士の愛した数式」で作者の訴えたい部分とは違うと思いますが、今の私にとっての解は妻です。
そんなに怒らなくとも、、、。
それとこれを一緒にごちゃ混ぜにして怒るのは違うんでないかい?
いや、沸点上がるの速すぎでしょ
と妻へ辟易することも多々ありますが、あれも十分に意味のある事なんでしょう。
たとえ間違っていたとしても遠回りでも記憶障害で80分後に忘れてしまうとしても、思いを伝える、心を通わせるということが大事なんだと。
それが我が家の方程式なんだろうと思います。
