伊勢の語り部が語る真実の日本
- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be↑で伊勢の語り部がついに口伝で伝えられてきた日本史を語り始めました。「いよいよ公開する時が来た」いうことですので、私の方でも拡散します。一、喜界カルデラの大噴火~日本人の西方移動海底巨大火山 浮かぶ全貌 鬼界カルデラ、マグマを調査 - 日本経済新聞より約7,300年前、喜界島の南海域で日本史上最大級の海底カルデラ噴火が起こった。 海底が破裂し、巨大な噴煙柱が立ち上がり、火砕流は海上を時速100km以上で走り抜けた。 九州・四国・本州にまで火山灰が降り注ぎ、縄文集落は壊滅。 多くの生物が絶滅し、地球規模の気候変動まで引き起こした。したがって、一部の日本人は中東、インド、中国に移動。移動したのちに日本に帰ってきたりもした。証拠①中東にある16花弁菊の紋章②タミル語(インド)と日本語の共通点「国語学者であった故・大野晋は、日本語の原点はタミル語にある、といった研究をしていた。似ているところを具体的にあげてみると、 疑問文の作り方が同じ (日本語は語尾に「か?」をつけるがタミル語は語尾に「アー?」をつける) 文法・文章構成の語順が似ている 擬音語・擬態語の表現が似ている 基本母音(a, i, u, e, o)が同じ(長母音と短母音の違いはあり) その他、似ている言葉がたくさんある (辛いと伝えたい場合、カーラと言えば伝わります。「チチ」「ハハ」)」日本語とタミル語が似ているというのは本当か? | INDIA GO!より③遺伝子分布大陸から日本人が来たのではなく、日本から大陸に移動したとしたほうが説得的。二、紀元前8世紀ごろアッシリアによるイスラエル国征服。ユダヤ人をアッシリアに連行。当時、イスラエルと交易をしていた日本人がイスラエル王を救出。イスラエル王は途中日焼け・熱射病に苦しみ、瀕死となる。しかし、日本到着後、大国主神(おおくにぬしのかみ)にガマの油を与えられ、助けられる。因幡の白兎の伝説の真実はこれ。因幡の白兎とは古代イスラエル王を指す。やがて、イスラエル王の妹と大国主神は結婚した。イスラエル王はニニギとなった。三、この北イスラエル王国の末裔たちと元々日本にいた人々(出雲系?)とが合流したのが天孫族(つまり、天照大神の系統の神々とその子孫”のこと。 日本神話における“天の王権を持つ一族”)。つまり天皇の血、日本人の血にはユダヤ人の血が色濃く入っている。証拠1、遺伝子遺伝子的にハプログループDEがあり、ハプログループDとE分岐した(通説だと5~6万年前だが、進化論から推定されたものだが、もはや決定的な根拠とはいえない。数千年くらい前ということもありうる)。ハプログループDはチベット・アンダマン・日本列島に残存。日本人男性の約30〜40%がD系。これは日本・アンダマンは「海の障壁」により、また、チベットは「山の障壁」により、多民族と交わらず、D系が保たれたため。また、Eは現在、北アフリカ〜中東に分布。特に血の上でのユダヤ民族(のちにイスラム教に改宗した⁈)であるパレスチナ人に多い。なぜ、D系が消失したのか?それは他集団との交配が進んでしまったから。中東はアフリカ・ヨーロッパ・アジアの結節点。「遺伝子のハブ」といわれるほどである。つまり、中東などに残ったのがE。日本などに移動したのがD。もともとは「兄弟」である。2、伊勢神宮の石灯籠にある六芒星(ユダヤ人の象徴)~16花弁の菊とともに天皇家のルーツを示す。 3、眞名井神社の六芒星(元伊勢にある。伊勢神宮外宮と同じ「豊受大神」を祭る)の六芒星。4、日本語とヘブライ語は似ている日本語 ヘブライ語 ヘブライ語の意味ユダヤ ヘブライ語 日本語 共通点 - 動画 Dailymotionより四、高天原とは?高天原は三重県と奈良県にまたがる大台ケ原のこと↓。標高、およそ1500メートル。びっクマ仰天 振り向くと・・・ 三重・奈良県境の大台ケ原 冬眠前、遭遇注意:中日新聞Webよりさて、ニニギは海からきたユダヤ人だが、ニギハヤヒ(北イスラエル関係者)は陸上から日本に到達したユダヤ人である。ニニギの孫、神武天皇の代でいわゆる「東征開始」。ところが、ニギハヤヒ系が先に奈良に入っている。そこで、ニギハヤヒの系統のナガツネヒコと神武天皇らは戦闘になる。しかし、途中でお祖父さん同士(神武のお祖父さんニニギと、ナガツネヒコのお祖父さんニギハヤヒ)が兄弟であることに気づき、和平が実現し、ともに国をつくることになった。これに大国主神系も合流し、この三者の流れがヤマト政権となった。※通説(「古事記」「日本書紀」「先代旧事本紀」などによる)ナガツネヒコは、ニギハヤヒに服属した大和の在地豪族とされる。しかし、伊勢の語り部は、ナガツネヒコはニギハヤヒの孫とする。五、古事記とは?古事記は聖徳太子の遺言により天智天皇の命により書かれたものである。その意図は、推古天皇という女帝がいたが、その以前も以後も「男系」で天皇が受け継がれていることを世に示すということにある。聖徳太子はそのことを口伝で残せとも命じた(稗田阿礼など)。1、蘇我氏の脅威蘇我氏のルーツは百済系の渡来人とされる。蘇我氏は崇峻天皇を暗殺するなど勢力を拡大しようとした。蘇我氏の要求は、①奈良を領地とさせよ(つまり都の領有⁈)②仏教を国教とせよ。などとされる。これに対し、聖徳太子は「和を以て貴しとなす」(17条憲法)とし、側室に蘇我馬子の娘を迎え、蘇我氏との融和を図る一方、①は拒絶。②は「厚く三法を敬え」(17条憲法)とした。ここで、三法とは仏教、神道、儒教という意味であった。よく、三法=仏・法・僧とされるが、これは仏教派の蘇我氏に改ざんされたものと、伊勢の語り部は主張する。証拠聖徳太子の建立した四天王寺の鳥居「西に約3度傾いた中心伽藍は、四天王寺さん創建の時から、ここには鳥居があり、太陽(沈む夕陽)を崇敬する信仰があったことの確実な証拠だと思います。もっとわかりやすく言うと、始めから仏教と太陽信仰(アマテラス大神)が融合された聖地であったということです」四天王寺 伽藍 傾むいた方位の謎(2)見えてくる日本最初の神仏習合のカタチ★ - ものづくりとことだまの国よりその後、山背大兄王(やましろのおおえのおう)聖徳太子の子孫を根絶やしにし(643年)、権力を握つたが、これにより、朝廷内の反蘇我感情が爆発、中大兄皇子(後の天智天皇)が決起し、645年「乙巳の変」で入鹿は暗殺され、蘇我氏は滅亡する。↓ポチっとお願いします!応援、ありがとうございます。にほんブログ村人気ブログランキング↓は,多治見の個別指導塾wagacoが「とにかく解説がわかりやすいです。会話形式で読みやすい。しかも、「なぜ?」も説明してくれているので、頭に残りやすいです。実際に、これ使ってすぐに30点アップした生徒さんもいます。」と絶賛している参考書です(中学社会 | 多治見の個別塾wagaco(ワガコ)。陰謀論の背景の理解にもつながります。ぜひ、お読みください。やさしい中学公民sensei-64 やさしい中学公民 Amazon(アマゾン) https://wagaco.study-doctor.jp/yasasi-koumin/定期テスト30点アップ可能👍 やさしい中学歴史 Amazon(アマゾン) https://wagaco.study-doctor.jp/yasasi-rekisi/個別指導塾wagaco様推薦 やさしい中学地理 Amazon(アマゾン) https://wagaco.study-doctor.jp/yasasi-chiri/プロ講師も推薦です👍