
玄武洞川柳道場の玉江さんは、そこいらのおばあちゃまではない。
何を隠そう、三吉演芸場を女で一つで守り抜いた大衆演芸の興行主。最近は、息子さんに肩の荷を譲って川柳なども楽しんでいるが、やはり…。
近くに住んで交流も深い桂歌丸師匠とは懇意の仲で、たびたび一門の会が催されている。
それにご案内をいただき、江戸っ子としては恥かしいが、はじめて生の落語を聞く。
歌丸さんは、南伸介さんが笑点の司会をしていた頃から、何となく好きだった落語家だが、今はその連盟の会長さん。
一門の前座さんの話も、先輩の話も、それぞれ生で聞くと面白い。
「咄家というとどうも蔑まれる気がする。だから、人と接する商売という。それは、落語がなかなか文化にならないからで、その証拠に、文化と呼ばれる音楽には音大、美術には美大、体育にだって体育大学がある。でも落語の大学はない。もっとも落ダイというのがどこの大学にもありますが…」とは、桂花丸さんの弁だが、川柳が文化になりきれないのと似た思いを感じた。
そのためにも、「川柳学」を創刊したのだ。それは、途についたばかりで、決して結果は得られていない。今後の長い努力が必要なのだろう。
玉江さんには、今日の記念に川柳を一句お送りした。
玉さんの縁で師匠に会いに来る 玄武洞
大衆演芸は、川柳の世帯人情の世界に近い。なんとか、連携しあって総合文化へと進めていけないかと思いつつ帰途についた。