











中頓別の街(最初の2枚)を歩き、お世話になった方に挨拶したりしていると、バスの時間になった。
北海道時代は、汽車やバス好きの僕も、日常の移動は自家用車が多かったから、大して苦労しなかった移動も、1日に3本くらいになってしまったバスを使うとなると大変だ。
北海道時代は、汽車やバス好きの僕も、日常の移動は自家用車が多かったから、大して苦労しなかった移動も、1日に3本くらいになってしまったバスを使うとなると大変だ。
バスに乗って、浜頓別まで移動する。
浜頓別のバスターミナルは、20年くらいも前、僕がこの地に降り立った、思い出の「駅」だ。
展示してある写真。どれも切ない感じがする・・。特に、斜内山道。
斜内山道には、昨年も足を運んだ。
浜頓別のバスターミナルは、20年くらいも前、僕がこの地に降り立った、思い出の「駅」だ。
展示してある写真。どれも切ない感じがする・・。特に、斜内山道。
斜内山道には、昨年も足を運んだ。
過去にも、しばしば足を運んだ思い出の地。
[国]興浜北線の神威岬・斜内山道を支える石垣っぽい壁
http://blogs.yahoo.co.jp/senro129/62243800.html
[国]興浜北線(こうひんほくせん)の斜内山道・神威岬周辺
http://blogs.yahoo.co.jp/senro129/53857272.html
http://blogs.yahoo.co.jp/senro129/62243800.html
[国]興浜北線(こうひんほくせん)の斜内山道・神威岬周辺
http://blogs.yahoo.co.jp/senro129/53857272.html
さて、かつて、国民宿舎・北オホーツク荘のあったところに、コテージができていた。
ホテル・ウイングの食堂で、地サイダーのマスカットサイダー(とはいっても、浜頓別のものではないが、近くの町の)を飲んで、やはり、お世話になった方と少し話して、すぐに移動。
街のなかを、人を訪ねながら歩き、国道を南下。そこでタクシーを呼んで、さらに南を目指す。
タクシーも、ついに1台(ドライバーさん1名のみ)になってしまったそうだ。・・寂しい・・。
タクシーも、ついに1台(ドライバーさん1名のみ)になってしまったそうだ。・・寂しい・・。
(つづく)