
僕は、東武東上線沿線に住んでいたのだが、終点の寄居(よりい)という場所は不思議としばしば行ってみたくなるところであった。街には、美味しいラーメン店もあったり、駄菓子屋があったりと、散歩も楽しかった。
JR八高線は、当時、キハ35で運転されていた。この車輛については評価が分かれるところであると思うが、今となっては、情緒のある乗り物だったと、失ってみて分かる・・。
・・ということは、現在、旅情に欠けるなあ、などと感じるステンレス車輛も、やがて、そんなふうに思う時がくるのであろうか??・・それはそうなってみないと分からないが、恐らくないような気がする。
(この写真は、6×6判、ネガにて撮影)。