どんどん、生きることに適当になってる気がする、せんらくやですw
仕事は適当にはしないので安心してください!
「ビワの実が熟れるころ、琵琶湖の姫である赤い龍が川を遡って姫ヶ滝にやってくる」という伝説。
そんな話を初めて知ったのは2015年8月。
三重遭対でお世話になっている山の大先輩Kさんが書いた紀行文が
山の月刊誌「山渓」に掲載されたのを読んでから。
そこには「この地域では、神様も妖怪も、手を伸ばせばすぐに届くような
身近なところに座した。」とも記されてあった。
身近なところにそんな話があったのか!
子供のころから怖いくせに妖怪や幽霊など目に見えないものに興味があった私には
何とも表せない感動があった。
今年の1月に息子とその近辺を歩いた時、それはとても危険な山行だったが
その紀行文に書かれていたとおり「ここには絶対に神様や妖怪がまだいる」
そんな確信があった。
その時には行っていなかった姫ヶ滝。
いつか、Kさんと行ってみたいと考えていた。
そのKさんとは捜索や訓練の時には会うのだが
個人山行でご一緒したことはない。
技術や知識は素晴らしく、気さくな方で良くしてもらっているが
私などの青二才が山行をお誘いしてもいいのだろうかと悩んではいた。
しかし、彼の考え方や山の愛で方に深く敬愛してしまったので
思い切ってお願いしたところ、快諾をいただけた。
今回の山行に至った。
待ち合わせは朝7時、永源寺ダムの近くのある佐目子谷登山口。
私は前夜からテンションが上がり過ぎて5時前には目が覚めた。
昼食用の男飯(でかいおにぎり)をにぎって、ハイドレーションに水を入れて準備完了。
時間にはまだ早いが待ち合わせに向かった。
到着したのは6時25分。
二人きりで会うのは初めてなのでやっぱり緊張する。
いつものようにセブンイレブンで買ったコーヒーと
朝ごはんのパンケーキを食べ終えたころKさんが来られた。
6時30分。(笑)
「年寄りは早く目が覚めるねん!」そう、笑いながら彼は言う。
(それなら僕の方が年寄りですよと心の中で笑った)
紀行文には渡渉がたくさんあると書いてあったので
私は沢登りの装備で挑んだ。
Kさんは普通のホームセンターで買った長靴。税込み1180円だそうだ(笑)
挨拶と準備を終えて、いざ歩きはじめる。
その歩みは軽やかで速い。
花の名前や佐目の伝説、歩き方、ダジャレw
すごい人ほど「自分はすごいオーラ」は出さないことくらいは
40数年しか生きてない私にもわかる。
この山行でできる限りの彼の持つものを吸収しようとした。
丁度、私が整体の勉強を必死でした時のように。
ヒルの大群や数匹のマムシがいる谷を進むこと約1時間半。
「この辺やったかな~~」
Kさんの本当なのかどうかわからない言葉。
GPSと地形図を照らし合わせてみると確かにこの辺り。
ハチス谷の入り口だ。
ついに、その姫の目指す滝の地点にやってきた。
しかし、滝は見えないが大きな岩の壁がみえる。
壁の先からは大きな水の音が聞こえてくる。
ワクワクしながらのぞき込むと
そこにあったものはまさしく「姫ヶ滝」だった。
梅雨の合間のこの時期のせいか水量はいつもより多いそうだ。
滝つぼに入ることもできたが
なぜかそこには入る気にはなれなかった。
その滝の最も近い2m弱の岩に登り、しばし、その空気の振動に酔いしれることにした。
言葉は意味を持たなくなる。

ここからは姫ヶ滝の上へ登っていく。
昔はその先のお金明神への参拝道だったらしいが
今となっては道などない。
ここからは私が先頭で歩いていく。
Kさんの持っていたストック代わりの木の枝が気になったので
聞くと「その木!」。
以前歩いた時はピッケルを駆使して歩いたがさすがにこの時期にピッケルを持つことは
山歴わずかの私でもわずかなプライドが許さないのでピッケルは持ってこなかった。
保険のためにトレッキングポールを一本持っていたが
どうしてもその「魔法の杖」を持ちたくなった。
山から一本いただくことにした。
歩きやすい道をうまく地形に沿って歩いているつもりだったが
どうやら北に進み過ぎたようで目的の尾根からは大きく外れてしまった。
リカバリーするかのように現在地を特定して明確な進路を示して先頭を歩くKさん。
両端は切れ立っていて、岩ももろい細尾根をすいすい歩いていくKさん。
足元は長靴に右手には木の枝。
完璧な装備のはずの私はどんどんおいていかれる。
これが神様か妖怪かもしれない。

山行中はずっと話していたように記憶している。
「こんな本にこんなことが書いてあった」
「あの山を歩いた時にこんなことがあった」
「ここにはこんな歴史がある」
人のこと、山のこと、学ぶこと、命のこと。
山で多くの死をみてきた人の言葉はやはり重い。
それと同時に輝いている。
そして、適当でもある。
話のパーツをつなぎとめていく。
生と死は表裏一体。
死は決して忌み嫌うものでもない。
死がそばにあるから生が輝く。
細かいことに捕らわれるのはもったいない。
私もまぁまぁ「適当」に生きるようになったと思う。
「生き方が適当」というのは物事に捕らわれないように生死も全て受け入れようということ。
全部、全部あるもんを楽しめばいい。
余計なものもそんなに持たなくてもいい。
今のままで大丈夫。
今まで考えていたことが肯定された気がした。
素晴らしい日だった。
そして、この日は私の実家の猫が21年の命を全うした日にもなった。
そんな素晴らしい日に彼がこの世界を旅立つ日になったことは
なにか意味があるのかもしれない。
この日は生涯忘れないだろう。
山行中の無線連絡があったのでもちろんKさんも猫の死を知ることなって
「こういうことやったんですよ」と簡単にお話しをした。
下山後の駐車地までに戻る途中
「これ、マタタビやで、猫ちゃんに持って帰ってやりな!」
そういって道端の草の正体を教えてくれた。
帰り際にも「猫ちゃんによろしく!」やって。
この人はホンマに神様か妖怪なんやろうな。
仕事は適当にはしないので安心してください!
「ビワの実が熟れるころ、琵琶湖の姫である赤い龍が川を遡って姫ヶ滝にやってくる」という伝説。
そんな話を初めて知ったのは2015年8月。
三重遭対でお世話になっている山の大先輩Kさんが書いた紀行文が
山の月刊誌「山渓」に掲載されたのを読んでから。
そこには「この地域では、神様も妖怪も、手を伸ばせばすぐに届くような
身近なところに座した。」とも記されてあった。
身近なところにそんな話があったのか!
子供のころから怖いくせに妖怪や幽霊など目に見えないものに興味があった私には
何とも表せない感動があった。
今年の1月に息子とその近辺を歩いた時、それはとても危険な山行だったが
その紀行文に書かれていたとおり「ここには絶対に神様や妖怪がまだいる」
そんな確信があった。
その時には行っていなかった姫ヶ滝。
いつか、Kさんと行ってみたいと考えていた。
そのKさんとは捜索や訓練の時には会うのだが
個人山行でご一緒したことはない。
技術や知識は素晴らしく、気さくな方で良くしてもらっているが
私などの青二才が山行をお誘いしてもいいのだろうかと悩んではいた。
しかし、彼の考え方や山の愛で方に深く敬愛してしまったので
思い切ってお願いしたところ、快諾をいただけた。
今回の山行に至った。
待ち合わせは朝7時、永源寺ダムの近くのある佐目子谷登山口。
私は前夜からテンションが上がり過ぎて5時前には目が覚めた。
昼食用の男飯(でかいおにぎり)をにぎって、ハイドレーションに水を入れて準備完了。
時間にはまだ早いが待ち合わせに向かった。
到着したのは6時25分。
二人きりで会うのは初めてなのでやっぱり緊張する。
いつものようにセブンイレブンで買ったコーヒーと
朝ごはんのパンケーキを食べ終えたころKさんが来られた。
6時30分。(笑)
「年寄りは早く目が覚めるねん!」そう、笑いながら彼は言う。
(それなら僕の方が年寄りですよと心の中で笑った)
紀行文には渡渉がたくさんあると書いてあったので
私は沢登りの装備で挑んだ。
Kさんは普通のホームセンターで買った長靴。税込み1180円だそうだ(笑)
挨拶と準備を終えて、いざ歩きはじめる。
その歩みは軽やかで速い。
花の名前や佐目の伝説、歩き方、ダジャレw
すごい人ほど「自分はすごいオーラ」は出さないことくらいは
40数年しか生きてない私にもわかる。
この山行でできる限りの彼の持つものを吸収しようとした。
丁度、私が整体の勉強を必死でした時のように。
ヒルの大群や数匹のマムシがいる谷を進むこと約1時間半。
「この辺やったかな~~」
Kさんの本当なのかどうかわからない言葉。
GPSと地形図を照らし合わせてみると確かにこの辺り。
ハチス谷の入り口だ。
ついに、その姫の目指す滝の地点にやってきた。
しかし、滝は見えないが大きな岩の壁がみえる。
壁の先からは大きな水の音が聞こえてくる。
ワクワクしながらのぞき込むと
そこにあったものはまさしく「姫ヶ滝」だった。
梅雨の合間のこの時期のせいか水量はいつもより多いそうだ。
滝つぼに入ることもできたが
なぜかそこには入る気にはなれなかった。
その滝の最も近い2m弱の岩に登り、しばし、その空気の振動に酔いしれることにした。
言葉は意味を持たなくなる。

ここからは姫ヶ滝の上へ登っていく。
昔はその先のお金明神への参拝道だったらしいが
今となっては道などない。
ここからは私が先頭で歩いていく。
Kさんの持っていたストック代わりの木の枝が気になったので
聞くと「その木!」。
以前歩いた時はピッケルを駆使して歩いたがさすがにこの時期にピッケルを持つことは
山歴わずかの私でもわずかなプライドが許さないのでピッケルは持ってこなかった。
保険のためにトレッキングポールを一本持っていたが
どうしてもその「魔法の杖」を持ちたくなった。
山から一本いただくことにした。
歩きやすい道をうまく地形に沿って歩いているつもりだったが
どうやら北に進み過ぎたようで目的の尾根からは大きく外れてしまった。
リカバリーするかのように現在地を特定して明確な進路を示して先頭を歩くKさん。
両端は切れ立っていて、岩ももろい細尾根をすいすい歩いていくKさん。
足元は長靴に右手には木の枝。
完璧な装備のはずの私はどんどんおいていかれる。
これが神様か妖怪かもしれない。

山行中はずっと話していたように記憶している。
「こんな本にこんなことが書いてあった」
「あの山を歩いた時にこんなことがあった」
「ここにはこんな歴史がある」
人のこと、山のこと、学ぶこと、命のこと。
山で多くの死をみてきた人の言葉はやはり重い。
それと同時に輝いている。
そして、適当でもある。
話のパーツをつなぎとめていく。
生と死は表裏一体。
死は決して忌み嫌うものでもない。
死がそばにあるから生が輝く。
細かいことに捕らわれるのはもったいない。
私もまぁまぁ「適当」に生きるようになったと思う。
「生き方が適当」というのは物事に捕らわれないように生死も全て受け入れようということ。
全部、全部あるもんを楽しめばいい。
余計なものもそんなに持たなくてもいい。
今のままで大丈夫。
今まで考えていたことが肯定された気がした。
素晴らしい日だった。
そして、この日は私の実家の猫が21年の命を全うした日にもなった。
そんな素晴らしい日に彼がこの世界を旅立つ日になったことは
なにか意味があるのかもしれない。
この日は生涯忘れないだろう。
山行中の無線連絡があったのでもちろんKさんも猫の死を知ることなって
「こういうことやったんですよ」と簡単にお話しをした。
下山後の駐車地までに戻る途中
「これ、マタタビやで、猫ちゃんに持って帰ってやりな!」
そういって道端の草の正体を教えてくれた。
帰り際にも「猫ちゃんによろしく!」やって。
この人はホンマに神様か妖怪なんやろうな。