7.彼と成り行き夜間ドライブ
相変わらずバーに通い、閉店まで居付き、親友共々男友達の車で送ってもらうという毎日が続いている。
相変わらずとは言っても、気まずさや嫉妬、まだ知らぬ思いに企み、複雑に絡み合う私たちの感情は、毎日が非常だった。
今日の私はよくしゃべる。
烏龍茶は時にブランデーの効果を呼び覚ます。
人に絡むという行為は何故にこんなに自分から逃避できるんだろう。
何か楽しいような気分になる。
全然楽しくなんかないのだけれど。
「そろそろ終わるから、もうちょっと待っててな」
いつものように男友達が言う。
正直ほっとした。
私は何でここに居るんだろう。
そうそう、私みたいなのをこんな風に言うよな。
自分の居場所探しとかなんとか。
私がここを選んだわけじゃない、此処が私を受け入れてくれるから・・・。
やめよう。
こうして明るく振舞っていれば、きっと何でもうまくいく。
今までずっとこうやって過ごしてきたんだ。
自分に都合の悪い事は笑って洗い流す。
綺麗にならなくったって、誰も気付かない。
私だけがその汚れに気付いてるけど、目をつむっちゃえば見えない。
好きとか嫌いとか、もうどうでもいいじゃん。
この日は店長が休みで、皆で戸締りをして店を出た。
私と親友と男友達、そしてバーテンダーの彼と。
男友達の車まで徒歩1分。
少し遠くに見える駐車場に黒いボディーが少し光っていた。
肩を並べて車に向かう親友と男友達。
そんな背中を見ていたら、何故か足が止まったんだ。
店の前に車を止めていたバーテンダーの彼。
エンジン音が私の体を絡めるように鳴り響いた。
二つの黒い影、エンジン音、ねぇ・・・好きになってもいいですか?
1歩、2歩、3歩。
バーテンダーの車の前で精一杯の笑顔をつくって見せた。
「え!?乗るの?送ってけって?!」
その問いにこくっと頷いた。
「友達に言うた?」
首を横に振る。
多分、あたし少し泣きそうだ。
ばれませんように。
「あの二人、心配そうにこっち見てるで」
駐車場に辿りついたと思われる二つの影の方を目をこらして見てみた。
何か言ってる。
声が小さくてよく聞こえない。
見た感じ、ちょっと焦っているような慌てているような状況が飲み込めないといった感じだ。
乗るの?どこ行くの?その様なことをいってるみたいだ。
何だかおかしくなってきた。
バーテンダーの彼を見たら、クスクス笑ってる。
「乗れよ!」
「うん」
私の家も知らないのに、彼は車を走らせる。
何処に向かってるんだろう。
さっきまで必死に自分から逃避していたのに、本当に逃げてるみたいだ。
気持ちがいい。
ワクワクする。
このまま・・・このまま何処かへ連れてって・・・。
どんどん進んでいく車。
真夜中の道路に車はなく、あっという間に3つも市を超えた。
「俺ら、何処向かってんの?」
「さぁ、ハンドル握ってんのあなただよ」
「ホンマによかったん?黙ってこんなこと」
「子供じゃないんやから!」
「反抗期?」
「ムッ」
「お前さ、辛くないの?」
「なんで、こんなに笑ってるのに?」
「目は・・・笑ってないよな・・・」
「・・・・・」
「お前って、悲しい目してるよな」
「・・・・・」
「いつからそんな目するようになったか知らんけど、泣きたい時泣けよ」
「・・・・・」
「俺と同じ匂いするねんな。人、視てるやろ、その目で。色んなもん視えるよな。見るだけじゃ見えないもん視てるやろ。人、信用できひんか?もっと話した方がいい。俺じゃなくてもいい。もっと素直になれ」
「・・・・・楽しいよ。・・・・・何、話して欲しい。何でも話せるよ」
「俺が選ぶ事じゃないやろ」
「楽しい話でいい?今、本当に楽しいからさ~」
「・・・・・そっか」
彼が黙ってしまったから、私も黙って視線を窓の外に向けた。
流れる景色と共に涙もながれそうだった。
私の目が、悲しい?!
やっぱり彼は私と同じ傷を持ってる。
悲しい目をする人間には、閉ざしてしまった人の心が見える。
私は彼のそんな目に惹かれた。
彼は私の目をどう思うのだろう。
少し怒ったような口調。
嫌われたのかな・・・。
「俺さ、お前と同じだよ」
彼が自分の傷を語りだした。
「う~ん、何て言えばいいのか解からんけどさ、俺には話せよ、な」
「うん」
「俺、お前見てると守りたくなるねん」
「え?」
「守ってやらななって、思う」
「何の使命感!?」
「はは、そんなんじゃないけど、そう思う」
「変なの」
「そろそろ、送ってくよ」
「うん」
「あいつら、そう言えばすごい焦っとったよな」
「うん、あはは」
「めっちゃ心配してたっぽいし、お前の家の前におるかもよ」
「まさか!」
車を近くの駐車場でUターンさせて、また3つの市を越え私の家へ向かった。
私の家の前に黒い見慣れた車が1台。
そっと、その車の後ろにつけて停車した。
「まさかとは思ったけど、あいつらお前待ってるで」
「うん」
「えぇんか?」
「向こうに乗らなきゃいけない義務はないでしょ」
「そうやけど・・・」
「私は、こっちに乗りたかったんやもん」
そこに彼の携帯へ電話が入る。
男友達からだった。
彼の受け答えが妙に焦っててちょっとおもしろかった。
「違うって!」
「何もしてへんよ!」
「いや、ドライブしてただけやし!」
段々、腹立ってきた。
向こうが何を言っているのかよく判る。
要はこういうことでしょ。
店で会ったバーテンダーと客が、仕事終わりにラブホで1発おつかれさまってことでしょ。
何疑ってんだか!
どれだけ私を軽い女だと思ってるんだ。
それに・・・彼はそんなことしないよ・・・。
自分の事もそうだし、好きになった相手まで否定されるなんて、こんな屈辱ある?!
しかも、そう仮定して人の家で待ち伏せって、悪趣味。
「おい、お前も何とか言ってくれよ」
「嫌!」
「何!怒ってんの?え?!」
何とか話はついたようで、電話を切った後男友達の車は走り去っていった。
彼は休むことなく私をなだめる。
「そやな、お前は軽い女じゃないよ」
そう言いながら、ポンポンと軽く頭をなでるように、子供をあやすようにたたく彼。
今にも胸に飛び込みそうだった。
心が磁石になったみたいに、彼に引きつけられるのが判った。
今にもくっついてしまいそうで、ぐっと耐えた。
ねぇ、今私、笑ってないね。
気付いてるでしょ・・・。
目と同じ顔してる。
心が外に出てきちゃったよ。
もう、剥きだしの心に触れないでね。
今日の事は忘れてほしい。
きっと、明日にはいつもと同じ私がいるから。
あなたの目は良すぎる。
何処まで私の心を視てるんだろう。
好きってきもちだけは、ずっとずっと奥にしまおう。
素直じゃない私でも、守ってくれますか?
私は、あなたに心許しすぎて、あなたの心を視る事ができなくなってしまった。
彼は一体今、何を考えているんだろう。