もう400年も前の人だけど | 妹尾昌俊 アイデアノート ~学校づくり、地域づくり、人づくり~

妹尾昌俊 アイデアノート ~学校づくり、地域づくり、人づくり~

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☆学校づくり×地域づくり
☆子どもが大きくなったら語り合いたいこと など

今日は大好きなマンガ「センゴク」の最新刊をゲットして、とても幸せな妹尾です。

このマンガは、ほんとによくできていて、何がすごいかというと、通説(多くはかつての通説で、学界では否定説も強くなっているが、TVや映画では幅を利かせている)をなるべく当時の史料に基づき批判的に考察しています。それを迫力満載のタッチで、もちろんフィクションの部分も多いんだろうけど、ともかく、なんといいますかね、お勉強的にも、エンターテインメントとしても両方面白んです。


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★よければ、以前のこちらの記事も、ご参考までに。

なんとなく歴史が学べるマンガたち

で、今回の巻の舞台は小牧・長久手の戦いなんですが、徳川家康の個性が出てきましたね~。家康について、信長、秀吉に比べたら創造性は低い、凡庸だ、長生きしたことや、武田信玄に大敗した後、信玄が病気になったことなどをとらえて、ラッキーだっただけじゃないの?などのご意見はありますし、僕もそれは1/3くらい当たっているところもあるような気もしますが、しかしですね、やっぱすごいところもある。伊達じゃないですね。(おっと、この形容詞は伊達氏にしか使っちゃいけないのかな?)

なんたって、家康くんは、今川義元と織田信長という大物2人に鍛えられましたからね。義元はちょっと歴史をかじると、大河ドラマとかのヘボキャラじゃなくて、すごかったということがわかります。さらに周辺を入れると、信玄や北条氏、そして小牧・長久手がまさにそうですが、秀吉とも渡り合っていたわけですからね。どうも、勝手な印象ですが、信長は天性なところを感じますが、家康は後天的な、成長を感じる人です。プロ棋士などでも、いずれのタイプもいるような。

それで思い出したんですが、家康って、静岡の人は家康公っていまだに言いますよね?信長も愛知や岐阜では信長公と称されたり、山梨では信玄公(まあ、餅にもされていますが)、新潟や米沢では謙信公ですね。地元の方(とくにシニアな方)は、地元からめちゃくちゃすごい人物が出たということで、リスペクトしているから、呼び捨てにはあまりしない。

それはそれでいいんだと思うんですが、もう400年以上前の人のことですし、律儀なもんだなあとも思います。地元の人にとっては、彼らの戦国大名たちが世代をこえて語り継がれ、またドラマや映画でも取り上げられると、地元も活気づくわけで、身近に感じられるのかもしれませんね。だから、会ったこともないのに、○○公とする。

秀吉は秀吉公とされることもありますが(銅像などではそう書いています)、あまり地元(まあ大阪ですかね、ほんとは愛知がホームタウンですが)では言わないような印象があります。大阪の人、どうでしょうか?

”サル”、”太閤はん”などのほうがしっくりくる感じ。農民から天下人になった秀吉には、また独特の距離感を感じてきたのかもしれませんし、長い江戸時代のうちに淀に悪いイメージが刷り込まれたように、豊臣氏にはあまり表だってリスペクトしにくい社会だったのかもしれません。

あるいは、大阪は十分過ぎるくらい個性的だし、歴史上の偉人に頼らなくてもいいから、○○公なんてまどろっこしいこと言ってられるかい、って感じなんでしょうか?

今日はなんだか、とりとめありませんが、そんなことも感じたのでした。