息子のPTAの会議で、今度、父親の教育への関わりといったテーマで、イクメンの人の講演会をやりたいのだけど、誰がいいだろうか?誰か有名人じゃないと、という話になりました。いくつか候補となる方は出ましたが、案外、あまりいないものなのかなあと思いました。
いま振り返ってみると、自分から「イクメンです!」とか言う人ってアヤシイ感じが個人的にはします。そのため、あまり候補者が出てこないのかもしれません。「私はできる母です!」とか言う人もあまりいないだろうし。
本気で育児をやろうとすると、かなり体力を使います(とくに小学生になる前まで)。僕は平日さぼっているからエラそうなことを言うつもりはないのですが、休日はかなりフル回転で子ども(4人)の相手をします。子どもはほんと遊ぶのが好きでうまい。大人も相手になるには、相当アタマもカラダも使います。ドラゴンボールで言うと、子どもはサイヤ人なみの戦闘能力の高さと、回復力があって、やっと昼寝したと思うと、すぐ元気になってまた走り回ります。まあ、親も慣れてくると、うまく手抜きできるようになるし、兄弟やお友達が増えると、勝手に子ども同士で遊ぶようになるので、いくぶんラクにはなります。
夜に子どもを寝かつけたと思ったら、大人も寝てしまうなんてざらで、「私の休日の時間はどこに行ってしまったの?」とちょっとさみしくなることもあります。オムツなんて、紙なら紙でゴミが山盛りになりどうも地球に負担をかける気がするし、布(うちは両方使っています)なら、ゴシゴシうんち落としているとき「なんでこんなことに時間使っているんだろう?」と自問自答したくなるシーンもあります。
なので、自分ではそれなりに一生懸命育児していたといっても、自分の時間とか、夫婦の時間とかとの兼ね合いもあるし、もちろん仕事との関係もあり、なかなかそう満足に、「自分はよく育児やっているぞ!」なんて自慢できるようなものにはならないのです、たぶん。僕の場合は、まあそこそこはできたかなといった程度で休日を終えられたら上等と思っています。
おまけに、やっかいなのは、子どもの評価はまた別というところです。親から見たら、「今日はどこどこ連れて行ったし、もう十分だろう」とか、「昨日遅くまで仕事していたわりには今日は朝早くからよく子どもの世話したな」とか自己評価は高くても、子どもにとっては、あまり価値が高くなかったりします。
また、映画に連れていったり好きなビデオを見せておくと、子どもの評価は高いかもしれませんが、小さな子にそれでいいのか?という感じもします。
仕事では本当の成果は測りにくいとはいえ、まあそのへんかなというラインがおぼろげに見えたり、誰もにとってもできるやつはできるやつといった相場もあるとは思うのですが、こと、育児については、何ができるできない、といった判断はむずかしいし、やろうと思わないほうが気楽でよいかもしれません。
つまり、育児は、成果も判断できないし、期日も見えない(子どもが就職するまで?)仕事をやっているようなものなので、当座は、「まあそこそこよくやっているんじゃないの」、「まあ子どもは元気なようだしよいか」という程度でよいのではないかなと思います。天才バカボンの「これでいいのだ」は名言だといま知りました。