明後日春日部にて、学校づくりについてお話する機会をいただきました。それにちなんで、クレヨンしんちゃん(春日部が舞台です)って面白いのは、なんでかなあと考えていました。
クレヨンしんちゃんと言えば、しんちゃんのお下品な行動がまず思い浮かびます。たとえば、お尻を出してブリブリっとか言ってみたり、ほんと愉快です。僕の勝手な見立てなのですが、しんちゃんが面白いだけが人気の秘密ではありません。お尻ブリブリってやっても、許される、微笑ましいと受け入れてくれる周りとのつながりが、共感を生むのではないか、と思っています。
たとえば、ドラえもんで、のび太がブリブリってやって、ジャイアンに殴られて泣きべそかいて、というのでは面白くありません。クレヨンしんちゃんでは、家族や友達が、そんなしんちゃんを愛らしく思っているところに、僕らはいいなあと思っているのではないでしょうか。
たぶん、誰しも、ちょっとした悪戯なんて、小さいころはやったことあるはず。そして、それはおそらく、受け入れられたのではないでしょうか。僕は小さいころから(今も)食いしん坊だったのですが、法事で親戚が一同に会したとき、出されたいちごを、親戚中からちょうだい、って言って回ったそうです(3才くらいだった本人に記憶ありませんが、今でも大叔母からはからかわれます)。おじちゃん、おばちゃんたちはみんな笑いながら、いちごくれたそうです。なにか、クレヨンしんちゃんには、そんな人と人のつながりを感じると言えば、ちょっと大げさでしょうか。
しんちゃんはあちこちでナンパもしますね。今は無言化社会だし、ふつうは声かけると不審者扱いされかねません。無縁社会とかいう言葉もはやりました。その逆を言っているところがあるような気がします。
クレヨンしんちゃんの映画もすごく面白いのですが、僕が好きなのは、「超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁」ってやつで、しんちゃんと友達が未来にタイムスリップして、大人になった友達たちと一緒に悪と戦うといった話です。しんちゃんの友達のネネちゃんやマサオ君たち、大人になると、どこかスレていて、カッコ悪いところも出てきているんですが、幼稚園児の自分たちがタイムスリップして来たことで、大人も再び結束して奮闘するってところが、好きです。
幼いころの友達が結束するというのは、マンガ(映画にもなった)20世紀少年に似ています。20世紀少年も、トモダチの正体はというミステリーというよりは、カッコよいとは言えない大人たちが、昔のヒーローに憧れていた頃の記憶を呼び起こしながら、立ち上がって協力していく、ってところが面白い。闘う相手が、トモダチという詐欺まがいなんだけど、なるほどなあという方法で人々を虜にしていく、でも、世界征服してもトモダチはどこか一人ぼっちというところが、トモダチというネームとは裏腹な、主人公のケンジ一味とは対照的なところのように感じました。
さてさて、明後日はちょっとした講演なのですが、聞いてくださる校長先生たちがクレヨンしんちゃんをどこまでご存じなのかは、わからないので、あまりマニアックにならないようにしないと。学校も、先生の個性だけでじゃなくて、つながりが学校力だなあという話に強引に(?)結び付けようと思っていたのですが、どうなりますか。