校長は各学校に本当に必要か? 学校の接続と継続 | 妹尾昌俊 アイデアノート ~学校づくり、地域づくり、人づくり~

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公立学校が単体で頑張り続けることは本当によいのだろうか、ということを考えている。

ある委員会で長年私立学校の経営に携わってこられた方が
「私立学校では接続性と継続性が命」
という発言をされた。この意味するところはおそらく、中高一貫教育(場合によっては幼稚園から大学)などで、その学校の理念に沿うカリキュラムを立て、学校が連携し継続的に子どもを育てるという意味であろう。また、別の観点では、私立学校ではOB/OGを含めた卒業生たちが学校のブランド形成にも、資金調達の点でも重要なるということだろうと思う。

翻って公立学校(特に小中学校)はどうだろうか。地域によって多様であり一般化は危険ではあるが、おそらく接続性も継続性も弱いところが多いのではないか。例えば、ある中学校が単体で、子どもの育成に励んでおり、うまく小学校や高校と接続できていないことや、校長が変わる度に方針がかわって、それまでの取り組みがトーンダウンしてしまうといったことはないだろうか。

本来ならば、公立小中学校であれば同じ教育委員会のもとなんだから、接続も継続も、制度的にはやりやすいはずだ。しかし、教育委員会の方針や伝え方が弱かったり、校長は3年おきくらいに異動してしまったりする。私の知っている範囲でも人口の小さな町では教育委員会の方針のもと、学校間連携が密接に進んでいるところがある(矢掛町など)。特色ある学校づくりとはきれいな言葉だが、特色は地域の複数学校で出していく方法もあろうし、基礎学力アップなどの基盤は共通で定着させ、その上で特色を出すという方法もあるにもかかわらず、あたかも学校が単独で個性を発揮しないといけないふうに解釈されているのではないか。教育委員会も、特色ある学校づくりだとか、学校の自主性だとかを言い訳にして、接続と継続を図ることから逃げていることはないだろうか。

学校の接続と継続は以前に増して重要となっている。思いつく理由は3つある。

1つは、単独の学校で頑張ってもしんどい問題が増えている。例えば、不登校やひきこもりは、中学校の頃から急に支援し始めるよりは、小学校と中学校がタグを組んでやったほうがよい。また、中学校の数学でつまづいている子は、小学校でつまづいている可能性が高いことは誰もが想像がつくのに、小中で多少の研修があるくらいで、抜本的な対策を取ろうとしていないのではないか。

2つ目の理由は、若手教職員が大量に増えていることだ。1つの学校のみでは、年齢差が大きかったり、若手層が多過ぎて、教職員集団は教え教えられる同僚関係になりにくい可能性がある。学校間で連携して切磋琢磨もっとできないものだろうか。

3つ目は自治体(都道府県、市町村)の財政難だ。学校が(もっと)よくなるためには、ハード的な対策も重要だろうが、予算がかかる。その点、学校間連携は教職員の能力向上に寄与し、大きな予算はかかるものではない。建物の統廃合は必要なく、例えば、三鷹市は学園構想といって、統廃合なしで、小中一貫のカリキュラムに沿った教育を展開している。

ある有識者に聞いたことだが、学校の接続と継続を考えていくと、各学校に校長が本当に1人ずつ要るのかという議論もある。むしろ、例えば3つの小学校と1つの中学校をセットにして、そこに校長が1人いたほうが、連携はうまくいくのかもしれない。もちろん、その校長の方針ややり方が、子どもにとってよくないものであれば、ダメージが大きくなる危険性など、短所もあるが、そこは教育委員会がよく見ることであろう。この問題は、現状、教育委員会の指導主事制度が機能しているかといった課題とも関わる。

校長にせよ、指導主事にせよ、私はまだ何も実証的に見ていないので、現状の実態がどうかは冷静に観察する必要がある。ただ、こうした問題意識をもって現状を見直すことは大事ではないかと思ったのだ。