2007121日、土曜日。裁判所への申立から4日目…。

この日は各店舗をまわった。現状の説明と、売上金の回収を行うのだが、再生スポンサーの新会社に店舗が引き継がれるまでは金融機関を使うことができないので、こうして売上金の回収をしないといけない。

民事再生申立後の仕入については、現金で支払うようにしていて、各仕入業者さんが店舗に品物を納品した後に、本社で支払を受ける形で業者さんに取引継続をお願いしていた。

日々の売上金でやり繰りをしていくのだが、給料日である1210日が過ぎるまでは毎日が心配だった。

どこかで大きな何かが起これば、いつこの流れが崩壊するかわからない。

それでも、店舗の営業は特に大きな混乱はなく動いていた。

 

122日の日曜日、裁判所への申立から5日目…。

日曜日のこの日は、関係企業も休みの所が多く自分から動くことはなかった。

それでも、いろいろな問い合わせがあるかと思って本社事務所にいたが、何もなかった。この数日間の激動が嘘のように静かな日曜日だったことが記憶に残っている。

もしかして、自分が民事再生申立したこともみんな夢の中の出来事で実際は何も起こっていない普通の日曜日だったりして…と、そんな感覚さえ持った。

でも、やはりこれは現実で、翌123日月曜日になると、また現実の大きな波が次々にやって来た。

監督委員となる弁護士事務所へ行きいろいろなことを聞かれ、賃貸で借りている店舗の地主さん、大家さんをまわって今回の件を説明した。

再生スポンサーが決まっていることで、営業継続を前提としての説明ができ、早い段階でスポンサーに名乗りをあげてくれた企業があったことが本当にありがたかった。

夜は毎日、整理対応まで手伝ってくれているコンサルタントと、状況の確認をしてこれから先の進め方を検討した。

こうした行動の間に、再生スポンサーの新会社の社長となる方との打ち合わせを続けていて、新しい経営者となる方を紹介をするために各店舗をまわっていた。

基本的には、この再生スポンサー企業が自社の営業全体を引き継いでいくという流れで決まった形になっていたのだが、その後になって複数の再生スポンサーを希望する企業が名乗りを上げてきた。

125日に最初の債権者説明会を予定していて、この時には今後の流れについてだいたいの進め方まで発表する予定でいたのだが、こうなってくると債権者としては引継ぎ条件の良い再生スポンサーの方に引継ぐことを求めると思われる。

こうして、また違った問題で悩むこととなった。と言っても、この調整はすべて弁護士事務所に任せていて、裁判所や監督機関が判断して決まることなので、自分としてはそれに従って動くしかない。

後から名乗り出たスポンサー希望の企業の方が引き継ぎ条件が良い条件だったら…等、決め方が不透明だと後に問題が残りそうだったため、この債権者説明会で再生スポンサー企業を発表することは見送ることとなった。

債権者説明会の後、スポンサーに名乗りを上げている企業さんとの話し合いの場を持つことになった。

 結局、最初に動きだしている再生スポンサー企業さんに優先権を持ってもらって、先に引き継ぐ店舗を決めてもらい、その後で別の企業さんに残った店舗から引き継ぐ店舗を決めてもらう…、という形での引き継ぎを決めた。

後から手を上げた企業さんは全部まとめて引き受けると言っている企業さんが複数あって、自分としては正直な気持ちを言えば、全部まとめて引き継いでくれる企業さんにお願いしたいという思いもあったのだが、すでに先の企業さんとその後の話を進めてしまっていることもあり、複雑な気持ちでいた。

それよりもまず、こうした選択権はすでに自分にはなかったので、ただ話の推移を見守っているしかなかった。

いずれにしても、こうして再生スポンサーとして手を上げてくれた企業さんがあったことがありがたかった…。