あなたの平成ラストにやり残したことは?


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ひっ?「平成最後、平成最後」と

最近よく耳にしますが



昭和生まれの私は「平成」に強い思い入れはなかったです。でもよく考えてみると、私の人生が大きく変わったのは「平成」の時代でした。


震災にあったり、大病をして人生観が変わったのも平成の時ですが、私にとってご飯を食べる事より大好きな日本舞踊が我が人生と思えたのもこの時期からでした。



私は2010年より藤間清継先生のお弟子になりました。幼い頃からの手習いの師匠は私が30代

頃お亡くなりになりました。その時最後に師匠に言われた言葉です。「日本舞踊を止めなければ、私と繋がっているのよ」

師匠がお亡くなりになってからも、ずっと頭の片隅にその言葉はありました。

しかし、平成の時代

日本舞踊は「お金のかかるもの」

「一般の人が嗜むものではない」

という偏見がつきまとい、自分の芸を伸ばしてくれる人ももういないと失望していました。


そして震災にあって

「生きて行く為に直接必要な仕事以外は

必要ないのだなぁ~」と

日本舞踊に終止符を

と思っていた春。


お弟子さんがまた通ってくださるようになり

「生きていく為には心を豊かにする事」がないと人は生きていけないのだという事が心に染み込みました。


日本舞踊を惜しみ無く教えてくださる、今の私のお師匠様である、藤間清継先生のお陰で

日本舞踊に希望が持てた頃

癌になりまた奈落の底です!


しかし、退院してから一年後

まだ立ち座りもままならなかった

私を支えてくださり

二年前から準備していた発表会を開催できる

運びとなったんです。


あれから4年!

芸だけでなく、体も病気をする前より元気になり日本舞踊の技術は確実に上がっています。

(年齢は上がっているのにね)


「不可能を可能にしてくださる先生」と

私は清継先生をご紹介しています。


踊りがお上手な先生は日本には他にもいらっしゃるかもしれません。

でも、不可能を可能にしてくださる先生は

そうそういらっしゃらないと思うのです。


手習いの師匠の言葉が甦ります。


「お師匠さん!繋がりましたよ~感謝」