ある日の朝食 No.59 | 飯偏暮らし

ある日の朝食 No.59

※内容的にはNo.58の続きです。




私のように可愛いだけしか取り柄のないような子に

このような物言いをされるのは内心かなりの屈辱だったでしょうが

彼は表面上はそんな様子もなく

淡々と説明を始めました。


「まず、これは『カレー』だ。イケずで言ってる訳じゃなく事実だ。そこはハッキリさせておきたい。俺はこれをカレーと呼ぶ」

「貴方がそれをカレーと呼ぶのは結構ですが、異論はあります。それは私には、彼氏が彼女に作ってもらいたい料理ランキングトップの、肉じゃがに見えます」



<肉じゃがカレー・ホールウィートベーグル>
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「だから違うと言ってるだろう。これは肉じゃがではない。『肉じゃがカレー』だ。カレー肉じゃがというのもギリギリアウトだ。大体、何だその彼女に作ってもらいたい料理ランキングというのは。○△さんは彼女に海老の天ぷらが作ってほしいと言ってたぞ。肉じゃがとは間違っても言っていなかった。全く、あの人は常に揚げ物を欲している」


「○△さんはこれ以上の揚げ物の摂取は控えるべきだと思います。それが自身の健康と彼女との関係の両方救う道だと思います。いい加減、俺は骨太なんだ、という言い訳も、聞いている方が辛くなってきました」


「最近は骨の存在が、外見からは確認できないしな」


「怒られますよ、そんなこと言って。それよりこの肉じゃがをカレーと呼ぶ、貴方の根拠を聞かせて下さい」



<見た目も味も基本的には肉じゃがだが、あくまでスパイスを使ったカレーとして、私は作っているのでこれはカレーだ。そう言えば、肉じゃがの肉は関東では主に豚で関西では牛と聞いたことがあるが、どうなんだろう?私は実は豚派なんだけど・・>
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彼はしばらく逡巡した後、語り始めました。


「・・君はカレーとはどのような食べ物だと思っている?」


「質問の意味が全くわかりません」


「・・この日本でカレーと呼ばれる料理には、家庭でおなじみのバー○ント以外にも、色々な種類のものがあると言うことは君でも承知しているだろう。勿論ルーの種類が色々あるとかいう意味ではないぞ。インド・タイ・マレーシア・スリランカ・欧風etc・・それらは皆、個性的な別の料理であるにもかかわらず、日本ではカレーという名の統一名称で呼ばれ・・」


「あぁ、大体言いたいことが分かりました」


「嘘つけ!」


「要するに『カレー』という食べ物及び料理の定義は、非常に曖昧模糊としているので、そこに付け入る隙を見つけた貴方は、肉じゃがだってカレーと呼びたいと、そういうことですね」


「・・大体あってる」


「で、その不服そうな顔から察しますに、それは何の変哲もない肉じゃがとは違うんでしょう?」


「うむ。確かに『カレー』の定義は曖昧だが、私の中ではひとつ絶対に譲れない要素として、必ずスパイスを使うという条件がある。今回の肉じゃがカレーにも勿論使っている。肉じゃがとインド料理のカレーの調理工程は似てるんだ。だから・・」


「なるほど、それは『スパイシー肉じゃが』という訳ですか」


「・・大体あってる」



<仕上げの七味は実に良い。香りと辛さをあの乗せで美味い具合に補正してくれる。カルダモン、シナモン、クミン辺りは割と違和感なく馴染んでいる。これは旨い。・・が、きっと大半の人は食べても肉じゃがだと言うんだろうな~。まぁ大体合ってるんだけどね>
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「なるほど、一口ください」


彼はあからさまに嫌そうな顔をしながらも

肉じゃがの入った容器をこちらに渡してくれました。



なるほど、それは確かに良く知った肉じゃがの味と香りの中に

幾つかの馴染みのない香りが混ざっていて

ただの肉じゃがではありませんでした。

馴染みのないものが混ざっていると言っても

異物感のようなモノではなく

意外にも親和性は高く

大抵の人に抵抗なく受け入れられる気がしました。




「御馳走様でした」

「感想は?」

「確かに・・ただの肉じゃがでは無いですね。これを『スパイシー肉じゃが』と呼ぶことを認めましょう」

「勝手に決めるな!これは『肉じゃがカレー』だ」


「そのネーミングでは先程の様な不毛なやりとりをすることになると思います。人から聞かれた時は『スパイシー肉じゃが』の方が話が早いと思います」


「これを人に出す予定もないし、聞かれる予定もそもそもなかったんだ。どんな名前だろうと俺の勝手だ」


「・・寂しい人」


「うるさい!」



貴重な昼休みを、あまり浪費しすぎるのも如何なものかと思ったので

結局、今日はそれきりでしたが、私はそれなりに満足していました。

あの○○が、実はカレーマニアで、それを周りに隠していたとは。

ニックネームは仙人ですって、ふふ、なんて似合わない。

それらを隠す理由は分かりませんが、同僚の

些細ではありますが、秘密を握ってやった気分というのは

中々に甘美な味がするものです。


味という点では、そう言えば件の『スパイシー肉じゃが』も悪くありませんでした。

舌の上に残る味の記憶は、たった一口の試食では鮮明には思い出せませんでしたが

何かもう一口、欲しくなるような味でした。

どうやら下手の横好き、というわけでは無さそうです。


きっと明日も彼は『自称・カレー』を弁当用に持ってくるのでしょう。

明日はどんな『カレー』かしら。

あのシンプル過ぎる容器の中身が、今までよりも少し

私は気になっているのでした。