おはようございます。
今日は朝活してきました。
私は日本人が主催する某会に参加し、それの一環で朝活をとりいれています。
ニューヨークにいると、アメリカ人と仕事をすることのほうが多いので、
日本人とは交流がなくなりがちですが、
この会に参加するようになってから、同じ仲間が増えてとても楽しくなりました。
なので、今日は楽しい一日のスタートが切れてハッピーです。
では本題、
私はいまニューヨークで完全英語環境で仕事をしていますが、日本人の英語学習者に伝えたいことがあります。
それはみなさん細かいことを気にしすぎ!
ということ。
もちろん英語を話すこと自体が目的であれば、完璧を求めていただいて結構ですが、
少ししかわからないからといって恥ずかしがって話さないでいる日本人がたくさんいるのはとても残念。
多少のミスなら、ネイティブは全くと言って気にしてませんし、
英語が話せないからといってあなたの人間性は全く落ちたりしません。
私がリスペクトする日本人は、英語が流暢な人ではなく、
別に英語が話せるか話せないかなんて関係なく、
たとえ通訳を介してでも、話してみたいと思わせる人間像、
どれだけ、社会に貢献しているかということが一番重要です。
そういう人の言葉に誰でも人間は耳を傾けたくなるのです。
立派な人物がスピーチしているときに、ATがなかったとか、そこはINではなくINTOだとか、
小さいことをいう人はいないでしょう。
いたとすれば、それはその人の人間の小ささです。
素敵で立派な日本人が、世界に恥ずかしがって発信できないのはとても寂しいことです。
私は、英語学習の手段を伝えるのも大事ですが、
自分がどれだけ世界に認められる人物かということに
皆さんが気づいて、どんどん発信していってもらえたらうれしいです。
そのためには、小さなミスを指摘するような学習の仕方ではなく、
むしろ英語よりも、自分の人格を上げることで、
世界に発信すべき人材となり、
世界が耳を傾けるような人になることが、
英語以前に大事だと思います。
真の意味でのグローバル化とは、
人格の世界レベル化です。
宗教とか肌の色とか、お金とか、そういう目に見える違いを追いかけるのではなく、
もっと普遍の真理に基づいた、人格のレベルを上げることにより、
グローバル化は加速されるべきです。
そうでなければ、違いは不満を呼び、
言葉は誤解を生み、お金は戦争を生んでしまうでしょう。
世界が公平な競争と共存を目指すうえで、
個人の人格をもっと高尚なものにしなければ、
まったく風土も気候も言葉も違う国の人々と
交流し切磋琢磨するということは難しいのです。
井の中の蛙大海を知らずといいますが、
大海原へでたときの蛙は、
蛙の人格ではいけないのです。
大海原、という自然の真理について考えなければ、
小さな波にたちまち飲み込まれてしまいます。
そういう意味で、英語を話すことだけを目標にしている人は、
もっと自分の本当になりたい姿をもう一度見直してみてください。
世界に何を伝えたいのか。
恥ずかしくて話せない人はもう一度考えてみてください。
英語が話せないのか、それとも伝えたいことがないのか。
そうすると自然と自分が何をしなければいけないか見えてくるでしょう。
小さな英語のニュアンスの違いを勉強するより前に、
自分が社会になんの貢献ができるか追求してください。
ではまた!