あのジョージ・ハリソンにシタールを教えたラヴィ・シャンカールが
ノラ・ジョーンズのお父さんだと知って、以前驚愕した覚えが。
何でそんなに驚いたのだろう。
ラヴィ・シャンカールは1920年生まれのインド人のシタール奏者で、
ジョージ・ハリソン、ビートルズの音楽に影響を与えた人物。
ラヴィ・シャンカールの弟子がやっているシタール教室が
足立区にたしかあったはず。
以前、ドキュメンタリー番組でジョージがインド音楽に興味を持ったのは
ラヴィ・シャンカールがきっかけと話していた。
ジョージは好奇心旺盛というか、異文化への関心が強かったり、
珍しい楽器を取り入れたりと、ビートルズの実験性にも貢献していたと言える。
インドへの傾倒っぷりはジョージが一番深かったようだ。
映像はインド音楽と全然関係ないけど、映画「ビートルズが
やってきた!ヤア!ヤア!ヤア!」の中でジョージが歌っている様子。


ラヴィ・シャンカル
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(ラヴィ・シャンカール から転送)
移動: ナビゲーション, 検索
Ravi Shankar

基本情報
出生名 Ravi Shankar
出生 1920年4月7日(89歳)
ワーラーナシー イギリス領インド帝国(現インド共和国)
ジャンル ヒンドゥースターニー音楽
職業 作曲者, シタール奏者
担当楽器 シタール
活動期間 1939 – 現在
レーベル HMV, プライヴェート・ミュージック
共同作業者 Ustad Alla Rakha
Yehudi Menuhin
公式サイト RaviShankar.org
表・話・編・歴
ラヴィ・シャンカル (रवि शंकर, Ravi Shankar、1920年4月7日 - )はミュージシャン、シタール奏者。インド、ワーラーナシー生まれ。

日本では「ラヴィ"ー"」や「シャンカ"ー"ル」といった長母音を示す「ー」を付け加えたカタカナ表記も多いが、原語の表記ではどちらも短母音である。

娘にミュージシャンでシタール奏者のアヌシュカー・シャンカル、ジャズ歌手のノラ・ジョーンズがいる。二人は異母姉妹の関係である。

現在日本在住の チャンドラカント・サラデシュムク は彼の内弟子のシタール奏者である。1963年、彼を驚嘆させた当時まだ8歳の少年がチャンドラカントだった。

元ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスンとも交流があった。現にビートルズ時代には、ジョージ・ハリスンのシタールの師であったし、1971年にはジョージ・ハリスンやリンゴ・スター、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンらに呼びかけてバングラデシュの飢饉のために開いたチャリティーコンサート(The concert for Bangladesh)(ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催された)でも、共に参加している。因みに、このときジョージ・ハリスンと再会した際、ジョージはインド風の服装で来印し、シャンカル自身は西洋風の服装で出迎えたという話も残っている。また、2002年に行われたジョージの追悼コンサートにも娘アヌシュカーと共に参加している。

サタジット・レイの監督作品や『まごころを君に』(『アルジャーノンに花束を』の映画版)、『ガンジー』など多くの映画音楽も手掛けた。

ジャン=ピエール・ランパルやユーディ・メニューインといった西洋音楽の奏者との共演も積極的に行い、シタール協奏曲も作曲している。またフィリップ・グラスにも大きな影響を与えたことで知られている。

他にも尺八奏者山本邦山、箏奏者宮下伸と共演している。1991年に第2回福岡アジア文化賞大賞、1997年には第9回高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)を受賞。





新たな情報。
大阪で普通に働いてたなんて。
この男、やっぱり只者ではないっていうか
この度胸を他の事に活かせなかったものか。
あのエレベーターでのナル映像もリンゼイさん殺害後らしい
から驚く。
…彼は100万近く持ってるのでしばらく暮らせる
だろうし、もう整形が済んでいたら逃げ切るかもしれない。
プチどころじゃなく、もっと本格的な整形をするのが目的か…?
今後の行き先としては仙台とか北上する可能性も。
いや、あえて人口が多くて、裏の世界の人間が多い東京に行く事もあるかも。




市橋容疑者、「イノウエ・コウスケ」と名乗る
 「変わった男と思っていたが、まさか指名手配犯だったとは」。英会話学校講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の殺人・死体遺棄事件で、死体遺棄容疑で指名手配されている市橋達也容疑者(30)が、1年余りも大阪に潜伏していたことが明らかになり、手配容疑者と職住を共にしていたことを知った元同僚らは、驚きの声を上げた。


 事件当初の手配写真とは「別の顔」だったといい、すでに複数回の整形手術を終えた後だったとみられる。

 「あいつや」「間違いないで」。市橋容疑者が今年10月11日まで、住み込みで勤務していたことが判明した大阪府茨木市内の建設会社の元同僚らは、5日に千葉県警が公開した市橋容疑者の顔写真を見て、口々に声を上げたという。

 元同僚らによると、「イノウエ・コウスケ」と名乗る男は昨年9月10日、大阪市西成区で作業員を募集していた同社幹部に自ら、「使ってくれますか」と売り込んだという。

 身長は、市橋容疑者と同じ約1メートル80。あごひげを生やし、髪の毛は、耳の後ろがくせ毛のようにカールしていた。関東地方の言葉遣いで、「横浜から来た」「東京や名古屋にいたこともある」と話していた。

 ◆いつも赤い帽子と黒縁の眼鏡、胴巻きには現金◆

 土木作業員の経験はなかったようだが、まじめに仕事を覚えていった。上司には「おはようございます」と大きな声であいさつをする一方、同僚との交流はほとんどなく、休日は部屋にこもって漫画を読んでいた。赤い帽子と黒縁の眼鏡を外した素顔を見られたくないためか、風呂は必ず一人で入っていたという。

 今年4月に全員でボウリングに行ったのが、数少ない付き合い。この時も、嫌がるのを同僚が無理やり連れて行ったという。ボウリング場で撮影した記念写真でも、前の人に隠れるように写っていた。

 「金に細かい」というのがもっぱらの評判で、同僚らとギャンブルに興じることもなく、現金を入れた胴巻きを常に身に着け、風呂にまで持ち込んでいた。「なんでそんなに金を持ってるの」と尋ねられると、「親に仕送りする」「100万円返さないといけない人がいる」などと話していたという。

 男は10月11日朝、給料を受け取って、そのまま姿を消した。部屋には、ビデオデッキや大量の漫画本が残されていた。

 元同僚は「『イノウエ君は変わった子やなあ』とうわさしていたが、まさか、市橋容疑者だったとは。今思えば、整形手術代をためていたのだろうか」と話した。
Kula Shakerって、1stの「K」がかなり売れて、
2ndはコケて、バンドのメンバー間の軋轢を生んで2000年に
一度解散してしまった。(その後再結成)
でも、2ndはサイケ・サウンドを極め、緻密な音作りで
1stの勢いのあるグルーヴには劣るのかもしれないけど
まとまりがあって、スルメ的な曲が結構ある。

“Mystical Machine gun”とかリリース直後はピンと来なかった
けど、最近聴くと、ちょっとヒップホップっぽい歌の出だしとか
緩いグルーヴ、サイケ・サウンドがいい味出してる。
キャッチー・ソングと言ったら“Shower your love”くらいか。

ところで、1stリリース後から長い間続いたバンドに対してのバッシングっていうも
解散の要因ではあるらしい。
ナチス擁護疑惑とか。誤解を生みやすいは発言が多いは事実。
「人類滅亡の危機に備えて、大量の食料を持って地下へ潜る」みたいな発言を
どこかで本気でしていたらしいが、
そんなヤバイ発言をするような人達(クリスピアンだけでなく
他メンバーもちょっとヤバイ)が作ってる音楽だなんて事はどうでもいい、
いや、ヤバさも内包してしまう音楽に思える。
Kula Shakerっていう宗教なのかも。
この動画のアロンザはなんだか全身黒のスナフキンみたいで不思議な格好。
あとドラムのポールのつるつる頭が結構衝撃的だった。

$senのブログ

$senのブログ