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私は3月14日付のインサイダーNo.384「出口を見失う安倍外交」で、「日米vs北の圧力図式を作り上げて拉致で進展を得ようとする安倍の目論見は崩れ、逆に朝米vs日の図式で核問題を前進させて日本を孤立化させようという北の術策に嵌ることになった」と指摘したが、この日本にとっての最悪事態はいよいよ現実のものとなりつつある。参院選で自民党が40議席台後半に負けを止めることが出来れば、安倍は辞任しなくても済むかもしれないけれども、その代わりに、6カ国協議の進展と米朝和平から国交正常化への流れが加速する中で、秋には、拉致優先の対北強硬路線が完全に行き詰まって安倍政権が立ち往生することになる可能性が大きい。参院選で40議席台前半の大敗を喫して辞任しておいた方が、むしろ安倍にとっては幸せかもしれない。


●シーガルの助言


「拉致敗戦」とは、10日発売の『中央公論』8月号に載った米国の北朝鮮核問題の専門家=レオン・V・シーガル(米社会科学調査評議会北東アジア安保部長)へのインタビュー記事のタイトルで、安倍の拉致優先路線はすでに敗北したという意味である。「日本は北朝鮮問題で致命的な孤立に追い込まれる」という副題の付いたその記事は、3月時点での私の分析方向と基本的に一致しており、なおかつ6カ国協議の現局面とそれに関して日本が嵌り込みつつある危機についての最も優れた解説となっているので、このテーマに関心ある方は是非ともその全文を読むことをお勧めする。ここでは要点のみをまとめよう。


(1)ブッシュ大統領は本気で北と和平を進めようとしており、それを押し止めようとした安倍の5月ワシントン訪問は失敗に終わった。大統領は安倍の拉致問題への配慮要請に決して言質を与えなかったし、ライス国務長官は北をテロ支援国家リストから外すつもりであることを、「あなたを困らせたくはないが、もし話が進めば我々は取引するつもりだ。そうなればあなたは行き詰まるだろう」というニュアンスを含めて伝えたはずだ。


(2)7月に入ればIAEAが北に入り、プルトニウム計画は事実上閉じられる。米国としては、原子炉と再処理施設の無力化という「次の段階」に向けて、いわゆる「すべての核関係リスト」を北に提供させる交渉に入りたい。米国にとっていま最も重要なのは、プルトニウム問題に早く結論を出して、ウラン濃縮問題に取り組むことなのだ。もし北が態度を変えて、喜んで協力しよう、その代わり「テロ支援国家リスト」から外してくれと言ったら、米国は外す手続きを開始するだろう。北がそのリストに載っているのは、米国法によれば理由はただ1つで、航空機ハイジャック犯の日本赤軍メンバーをかくまっていることだ。平壌が残っている数人を追い出せば法的な理由はなくなる。北は88年以来、彼らをいつでも帰国させる用意があり、全員が帰国を切望していると表明している。


(3)そこで日本への私の助言だが、北に対して「まず拉致問題を解決すべきだ」と言い続けることによって問題の解決を得ることは出来ないだろう。日本は02年の日朝平壌宣言の全条項について北と交渉せざるを得なくなるだろう。前回の6カ国協議が行き詰まった原因は、日本が拉致問題の解決を言い続け、北も日本に対して平壌宣言に基づいて動くべきだと言い続けたせいだ。日本が拉致が先だと言い続ければ交渉は全く始まらない。北も日本を困らせたいのではない。日本と交渉したいのだ。もし日本が拉致問題だけでなく平壌宣言全体に関して交渉を開始しなければ、北はテロ支援国家リスト問題に集中することによって日本を孤立させようとするだろう。


(4)ブッシュ政権も北も、日本が交渉を開始するよう望んでいる。だが交渉は実現しなかった。このままいけば、実に厄介なことになりかねない。北は日本に対して、平壌宣言を履行するよう警告した。それから、何回かのミサイル実験で脅しをかけた。平壌宣言には、ミサイル実験の一時凍結が盛り込まれている。日本が宣言の実行に応じなければ、実験凍結も消滅する、という意味だ。思うに、もし日本が動かなければ、8月か9月ごろ、北の画策によって日本は6カ国協議で孤立し、さらに北はミサイル実験を行うかもしれない。


(5)米国にとっていま最も重要なのは、プルトニウム問題に早く結論を出して、ウラン濃縮問題に取り組むことなのだ。ブッシュ政権がクリントン以上の(対北外交の)成果を生み出すためには、核関係リストの提出が致命的に重要となる。それが手に入らないと、これは日本が北との交渉に応じないせいだと、米国が日本を責めることになりかねない。


●次の段階


実際、IAEAの査察チームは14日に平壌入りし、寧辺の核施設の停止・封印を監視し検証する作業に取りかかる。それに対応して韓国は、重油100万トンの人道・エネルギー支援のうち第1段階の5万トンの提供を開始、すでに第1便を出荷した。こうして、2月の6カ国協議で元々は「60日以内(4月14日まで)」と合意されていた「初期段階の措置」が遅ればせながら転がり始めたのを受けて、18~19日には北京で6カ国協議の主席代表会合が開かれ、「次の段階の措置」について議論を始める。「次の段階」とは、2月合意によれば、北が「すべての核計画の完全な申告」と「(寧辺だけでなく)既存のすべての核施設の無能力化」に応じれば、他の5カ国がその見返りに重油の残り95万トンを提供するというもの。シーガルが言うように、米国はこれを通じて北が「存在しない」と言い続けている高濃縮ウラン計画を明るみに出し、それを封印することに最大の力点を置いている。激しいやりとりが予想されるが、これもシーガルが言っているように、米国は「テロ支援国家」のレッテル外しをカードの1つとして北の妥協を引き出そうとするだろう。


またヒル国務次官補(米主席代表)は11日に日本に立ち寄った際に、朝鮮半島の休戦協定を和平協定に置き換えるための「和平体制協議を年内に始める必要がある」「これを北の核ビジネスからの完全撤退と絡める必要がある」との考えを示した。周知のように、米朝両国は国際法的には「戦争状態」にあり、1953年の休戦協定から半世紀以上の間、「撃ち方止め」の号令がかかったまま、いつまた戦闘を再開するか分からない不安と不信の中で睨み合いを続けてきた。北の立場からすれば、自分を睨んでいるのは米軍の圧倒的に優勢な通常戦力だけでなく今日では海洋を中心とした核戦力であり、その核爆弾がいつ平壌に撃ち込まれるか分からない恐怖に対抗するには、自ら核開発に手を染めざるを得なかった。増してブッシュが大統領が登場して、「先制攻撃」論を主張しながら北を「テロ支援国家」「ならず者国家」呼ばわりするに至って、その恐怖は極点に達し、昨年10月9日の核実験に踏み切ったのだった。つまり、北の核開発は米国による核恫喝から逃れることが唯一の動機であって、国際法的な戦争状態が解消され恒久的な和平が実現すればその動機は失われる。ヒルが「和平協議を核ビジネス撤退と絡ませる」と言っているのはそういう意味で、従って彼は「和平体制協議の年内開始」も北に対する交渉カードとして用いるだろう。


これについてシーガルは、「私が得ている情報からの推測だが」と断りつつ、米国は当初から北に対して、「北が核を捨てたらわれわれは平和条約に調印する、だがそれに関する協議は早期に始めることが出来る」「その協議の1つの方法として、暫定的な一連の和平合意について交渉し、信頼醸成措置ないしは、北側が言うところの『軍事停戦委員会に代わる和平メカニズム』に調印することも可能だ」との立場を伝えているはずだと語っている。和平プロセスが始動すれば、それはほぼ自動的に米朝国交正常化の手続きに繋がっていく。まだ紆余曲折があり時間がかかることは間違いないとしても、米朝関係がそのような方向に進むことは間違いないことで、しかもブッシュは残り1年半の任期中にこれを達成しようとするだろう。


このように米国が北との和解を急ぐのは、北が将来、米本土に到達するような長距離核ミサイルを保有しかねないという潜在的脅威もさることながら、金に困った北が核物質を国際テロリスト集団に売り渡して、それによって米本土で「核テロ」が起きるかもしれない現実的脅威を除去するためである。10日の米ABCテレビ(電子版)は、複数の米情報機関高官の話として、アルカイーダの小規模集団が米国に潜入したか、潜入を試みていることを示す情報があり、米政府が12日に関係省庁による緊急会議を予定していると報じた。
http://blogs.abcnews.com/theblotter/2007/07/al-qaeda-cell-i.html


米本土で第2の9・11が起きるとすれば核テロの可能性が最も大きいことは、ほぼ常識で、先頃のロンドンでのアルカイーダ・コネクションの摘発以後、米政府の緊張は高まっている。


●安倍政権の頓死?


問題は、このように核テロの危険と直面しながら北の核封印を急ぐワシントンはじめ国際社会の危機感に満ちた状況認識を、日本政府が全く共有しようとしていないことであり、シーガルの苛立ちもそこに向けられている。その原因は言うまでもなく、安倍の「拉致最優先」の路線にある。彼は、比例代表の目玉として中山恭子=拉致問題担当補佐官を立候補させ、また自らも選挙演説の中で「就任以来70回に及ぶ首脳会談、国際会議で拉致解決を働きかけてきた」ことを内閣の実績の1つとして強調しているが、その実態はと言えば、6カ国協議はもちろんのこと、日米首脳会談でも東アジア首脳サミットでも主要国サミットでも、それ自体のテーマにほとんど関心を払うことなく、ひたすら「拉致」の一言を発表文に書き加えるよう外務当局を駆り立てることでしかなかった。もちろん事は人権に関わる重大問題であるから、各国首脳も安倍の立場に「理解」は示すものの、陰では「まるで何とかの一つ覚えだ」と思っているに違いない。


安倍がこの問題のチャンピオンに躍り出たのは、言うまでもなく、5人の拉致被害者が“一時帰国”した際に、本人たちの気持ちは本当のところどうだったのか分からないが、家族・支援者たちの「帰らせない」という強い心情を重んじて、それを政府方針として決定するために官房副長官としてイニシアティブをとったことによる。北への怒りと不信に満ち満ちている家族・支援者のその心情は当然であるけれども、それに政治・外交次元の論理を同化させることが正しかったかどうかは疑問の残るところで、当時私は安倍にテレビ局の廊下で「あれじゃあ交渉を断絶させるだけでしょう。5人を一旦は返して、安倍さんが一緒に付いて自ら人質になって平壌に行って、被害者と向こうに残っている家族がじっくり話し合って結論を出すのを保証するようガンガン交渉して、早々と結論が出て帰国するという人は連れて帰ってくる、もっと話し合いが必要な人はその結論を尊重するよう北に確約させる——というふうにしたら、安倍さんは英雄になり、交渉は閉ざされずに済んだんじゃないか」と言ったことがある。それは思いつきの一案にすぎなかったが、心情的な運動の論理を尊重しつつも、裏もあり表もある政治・外交の論理で打開する道筋はあったはずで、その点、安倍は直情的に過ぎた。


長いインタバルの後、北が膠着状態の打開のために横田めぐみさんの遺骨を出してきた時にも、安倍を筆頭とする政治の側は、運動側の心情に傾いて、性急に「偽物」と断定した。3カ所の鑑定先のうち2カ所ではDNAそのものが鑑定不能で、唯一、帝京大学の分からはDNAが出たが、それはめぐみさんのものではなかった訳だが、国際的に権威ある科学雑誌『ネイチャー』も当時指摘したように、その骨から他の人のDNAが検出されたからと言って、それは骨に触れた人のDNAかもしれず、骨そのものが偽物であると結論づける根拠とはならない。ところがそこでも運動と政治が合体して、「ほらみろ、北は嘘つきじゃないか」というキャンペーンに活用された。骨が偽物であったとしても、めぐみさんが生存しているという証拠にはならないが、運動としては当然、生きているという前提に立って「返せ」と要求することになる。日本は骨は偽物だ、めぐみさんは生きていると言い、北は本物だ、めぐみさんは亡くなっている、というのでは、この問題はにっちもさっちも行かなくなって、完全な膠着状態に陥った。これを打開するには、遺骨を第3者に託して再鑑定し、それでも白黒がはっきりするかどうかは分からずグレーという結果に終わる可能性もあるけれども、ともかくも日本も北も受け入れられる結論を出さなければならない。そのことは、自民党では加藤紘一らが前々から主張していることであり、それを支持する識者もいる。しかし、日本政府としては一旦偽物と結論したものがひっくり返る可能性が何分の一かでもあるような再鑑定には応じられない。そのため、打開策の案もないまま突っ張り続けるしかないのである。


外交情報通によると、日朝対立が核解決の障害となっていることを懸念する中国と米国はそれぞれ日本政府に対し最近、当方で再鑑定するから遺骨を渡してくれと申し出たが、何と日本は「遺骨はもうない」と言って断ったとされる。


こうして、日本が6カ国協議の枠組みからドロップして米国からさえも叱責されかねない事態が刻々と近づいている。参院選を生き延びたとしても、安倍政権がこの問題で頓死する可能性がある。▲