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29日までに社会保険庁改革法案、公務員天下り規制法案、政治資金規正法改正案をバタバタと成立させて、延長国会は実質的に終了、翌日には早速各党幹部が全国に遊説に散って参院選が事実上スタートした。支持率急落に苦しむ安倍政権にとっては、何が何でもこれらの法案を成立させて、「やるべきことはやっています」という形を整えなくては参院選を迎えようもなかったのだろうが、形式面から言えば、これら3法案を含め教育基本法改正案、国民投票法案など同政権の“実績”とされる重要法案のほとんどすべてが強行採決であって、むしろ安倍の国民に対する説明能力と野党に対する国会対策=調整能力の欠如を物語っているし(強行採決は18回!)、内容面で言えば、どれもが中途半端だったりザルだったりで、具体策はこれから有識者会議を作って考えるという体のスカスカのものだった。従って、せっかくの会期延長も、支持率低下を食い止める効果を発揮しそうになく、自民党大敗、安倍退陣という惨憺たる結果に陥る公算が強まっている。


●自民45議席が攻防ライン

 周知のように、与党が参院の過半数122議席を維持するためには、公明党が改選数12に対して13(比例8、選挙区5)の立候補者を全員当選させることを前提に、自民党が改選数64に対して83(比例35、選挙区48)の立候補者から51人を当選させなければならない。が、創価学会の組織力を背景に毎回確実に全員当選を果たしてきた公明党が、全体としての与党に対する逆風に加えて、組織内の主力である婦人部・青年部に安倍の改憲路線への反発が根強いこともあって、1~2の取り落としが出るかもしれず、そうなると自民党が52~53を獲らないと過半数を確保できない。


 ところが、7月2日付朝日新聞の世論調査で内閣支持率は政権発足以来最低の28%、不支持率は48%、「参院選比例区でどの党に投票するか」では民主党25%に対し自民党19%。3日付毎日新聞の「自民、民主のどちらに好感を持っているか」では民主66%、自民33%だった。このままでは自民党が50議席を割るのはほとんど確実で、焦点は、47~49あたりで止まって無所属や国民新党を取り込めば何とか過半数に届くのか、それとも、小泉政権のラスプーチン=飯島勲前秘書官が6月12日の講演で述べたように「過半数を10議席以上割り込む大変な事態」、つまり40議席前後の記録的大敗に陥るのかというその負け具合に絞られてきた。安倍が辞任しないで済むかどうかのギリギリのラインは45で、9年前の参院選で橋本龍太郎首相が辞任した44議席以下になれば内閣崩壊は避けられまい。


 もともと自公連立政権は見かけほど強固な構造を持っている訳ではない。05年の郵政総選挙で与党は圧勝したものの、小選挙区の得票数・得票率は、自民党3252万票=47.8%、公明党98万票=1.4%、与党合計3350万票=49.2%、比例区では自民党2589万票=38.2%、公明党899万票=13.3%、与党合計3488万票=51.5%で、小選挙区で見れば与党合計は野党合計を下回っていた。にもかかわらず与党が衆院議席の約3分の2を占める圧勝となったのは、言うまでもなく小選挙区制のマジックで、例えば東京の小選挙区では自民党は50.0%の得票率で23議席、公明党は1.7%で1議席を得たのに対し、民主党は36.5%で1議席を得たに過ぎなかった。だから小選挙区制は自民党に有利なんだという者がいるが、それは間違いで、自民党が公明党=創価学会を抱き込んでいるからこそ1選挙区当たり2~3万票と言われる学会票が自民党候補に上積みされてギリギリのマージナルなところを軒並み突破し得たということであり、自民党単独であればもちろんのこと、自公一体であっても風の吹き方次第で同じようなマジック的雪崩現象が民主党側に起きることがあってもおかしくないケースの1つが今回参院選である。


●政治不信<国家不信

 安倍がここまで追い詰められたのは、言うまでもなく、年金不安の噴出と松岡前農水相の自殺という異常事態が折り重なったためである。


 年金記録の杜撰さという問題は、もちろん直接に安倍政権の責任ではないけれども、民主党の長妻昭議員が昨年6月に最初に国会でこれを指摘し、その後も民主党が繰り返し問題提起して来たにもかかわらず、小泉・安倍両政権ともこれにまともに取り合おうともせずに事実上放置し、5月に至って「宙に浮いた5000万件」という衝撃的な事実が明るみに出るに及んで初めてあたふたと対策を打ち出したものの、「未入力の厚生年金1340件」「未入力の船員保険36万件」などのでたらめが次々に暴露されて完全に後手に回った。それを何とか挽回するための博打が異例の会期延長だったが、肝心の年金記録の全容を明らかにしないままでは何ら説得力がない。上記の3日付毎日調査では「政府の説明通り、1年以内の照合できると思うか」との問いに92%が「思わない」と答えている。


 国民は、国家というものはむやみに金が掛かり、時として過度の干渉をして鬱陶しいものではあるけれども、最終的には国民を保護してくれるものだとは思っていたし、それを実務的に支える官僚も、非能率で怠惰な連中でいかなるクリエイティブな能力も期待できないけれども、最低限の事務的能力は発揮しているはずだとは信じていた。それがこのでたらめぶりで、『月刊現代』8月号の岩瀬達哉レポートのタイトルを借りれば「年金“振り込め詐欺”」のようなものだったことが判って、毎度お馴染みの政治不信とか官僚不信とかを通り越して、“国家不信”に陥りつつある。この不信は根源的であって、安倍の舌足らずの口先で言いくるめられるような筋合いのものではない。


 他方、松岡利勝前農相の自殺は、この内閣に死の穢れを塗りつけた。『FACTA』7月号「もはや散り際の安倍内閣」は、「すでに『死人に口なし』の幕引きムードが漂う」が、「現職閣僚の自殺がどれほどの深刻な凶事であるかを、安倍首相とその取り巻きたちはまだ十分に理解していない」として、次のように深い指摘をしている。


▼古来、国の祭祀を司る天皇がまつりごとの精神的基軸であり続ける日本では、殊に死の穢れを忌み嫌う。……『死人を出した内閣』という汚点を拭い去るのはおろか、覆い隠すこともできはしない。


▼マスコミは松岡自殺を『戦後初』と報じたが、歴史の認識が生ぬるい。明治に内閣制度が発足して以来……現職大臣の自殺は他に1人、終戦前夜に『一死を以て大罪を謝し奉る』の遺書を残して割腹した阿南惟畿陸軍相の例がある。阿南が連なった鈴木貫太郎内閣は2日後に総辞職した。


▼阿南の死は明治憲法下での大臣任命権者であった天皇に対し、終戦に伴う陸軍の暴発を最高責任者として未然に防ぐという歴史的使命を自覚し、武士らしく身を処した結果であった。政治とカネのスキャンダルで追い詰められた揚げ句の(松岡の)自裁とは、次元も背景も意味もまったく異なる。


▼戦後も閣僚は首相の任命を受けて天皇が認証する。首相が天皇に対し責任を以て身辺、能力、識見を請け合い、天皇はその人選を拒む余地なく追認して閣僚が誕生する。である以上、松岡氏の自殺は、安倍首相が天皇に誤った認証を行わせたことを意味する。……安倍首相は尊崇するはずの皇室に対しても、取り返しのつかない傷を負わせたことになる。


▼いったん死の影をまとった政権は、その死からほどなく瓦解し再起し得ないのが日本のまつりごとの常道なのである……。


 支持率の異常なほどの低さという“量”の問題ではなく、その裏にある年金問題での国家不信の深刻さ、松岡自殺の皇室不敬の重大さという“質”の問題として、安倍はとっくに辞任していてしかるべきであり、その状況を会期延長による穴ぼこだらけの2~3の法律の強行採決くらいで乗り切れると思ったのだとしたら、すでに正常な判断力を失っていると考えざるを得ない。


 問題は投票率だろう。安倍自民の凋落にもかかわらず小沢民主の政党支持率はまったく上がらない。自民離れした「支持政党なし」層が必ずしもわざわざ投票所に足を運んで民主に投票しようとはしないかもしれず、とするとシラケムードの中で投票率が落ちて、「安倍自民と小沢民主の“負け比べ”(伊藤惇夫、『諸君』8月号座談会)になる可能性もある。民主がそれを避けて一気に政権交代への流れを作るには、政府批判に終始することなく、年金制度の完全一元化、国民総背番号制に基づく全国民再登録、社保庁と国税庁の再編合体による歳入庁の創設ということになるのかどうか、ともかく抜本的な年金立て直しの構想を掲げて、そのために政権を獲る覚悟を示さなければならないが、果たしてそういう戦い方が出来るのかどうか。■