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「人間関係リセット症候群」

最近このような言葉がYahoo記事に挙がっていました。

衝動的に人間関係をバッサリ切ってしまう行動のことで

正式な病名ではないものの、

精神面における現代病の一つと書かれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

これはLINEやSNSの特定の誰かをブロックするのではなくて、

自身のアカウントを削除し、電話番号なども変えてしまう、

こういったデメリットもある衝動を止められない・・・

といったものです。

 

 

 

 

その記事の中では、

「SNSをアカウントごと削除するなど、

 人間関係をリセットしたいと思ったことはありますか?」

という質問に対して、約7割の人が

「人間関係のリセットは必要だと思う」と答えています。

 

 

 

 

また、同じく

「リセットしてしまう人の気持ちはわかりますか?」

という質問に対しては、

約半数の人が「自分はしようとは思わないが、する人の気持ちはわかる」

と答えていたそうです。

 

 

 

 

 

私たち人間は常に変化に晒されている生き物と言えます。

だから、学生を卒業すれば、学生以外との付き合いが増え、

結婚すれば、結婚以前の人間関係と変わり、

職場や住む地域が変われば、付き合う人間が変わるのは、

至極当たり前のことだと思います。

 

 

 

 

 

 

年収400万円だった人が年収1億円になったとしたら、

それまでと同じ人付き合いはできないと思います。

人は自分と同じタイプの人と無意識に繋がろうとします。

だから、必然的に年収1億円の人は、

年収1億円くらいの人と繋がろうとするものです。

 

 

 

 

 

いや、そんなことないでしょ、って思われるかもしれませんが、

あなたの身の回りの方で、

急に何十倍もの年収になった方がいたとしたら、どうします?

ちょっと恩恵にあやかろうなんて思いませんか?

 

 

 

 

この時逆の立場から考えてみると、

その人からしたら大きなメリットもないのに、

時間とお金をそこに使う理由があるでしょうか?

パワーバランスが崩れてしまうと、

やはり距離を置くものではないでしょうか。

 

 

 

 

 

また、SNSなどでブロックすることなども含め、

人間関係には変化があるのが自然だと思います。

しかし、表題にある人間関係リセット症候群とは、

これらとは少し違うのです。

 

 

 

 

 

それは人間的なステージが特に変わっていなくても、

周りの人間との距離を置きたくなる、というものです。

私たちはスマホを持っている以上、

24時間常に外界との繋がりを持ちながら生活しています。

これに耐え切れなくなる症状だというのです。

 

 

 

 

 

その記事によると、自傷行為に近いものだと分析していました。

自分自身の存在を消してしまうことで、

自身を認めてくれる何かに迷走しているような、

うまくいかない自身に対する怒りに似たような、

そんな逃れられない苦しみをそこには感じます。

 

 

 

 

 

人間関係の整理と、このリセット症候群は

一見似ていますけど、

気持ちの面では全然違うんですよね。

前者は人の助けを必要としませんが、

後者は人の「かまって」を必要としています。

 

 

 

 

 

よく世間では「かまってちゃん」

って揶揄する言葉として使われていますよね。

自立できていないマイナスのイメージです。

だけど、ただの「かまってちゃん」と、

助けをうまく呼べない人は混在しています。

 

 

 

 

 

恥ずかしながら、私自身も

人の助けが欲しくて欲しくてたまらないのに、

上手に助けを呼ぶことができない側の人間です。

 

 

 

 

だから、自傷行為をする人の気持ちもよくわかりますし、

アカウントの削除をしたことはなくても

心情に対する理解はできると思っています。

 

 

 

 

 

 

たぶん繋がっている人たちに純粋に助けを求めることが

迷惑になるとイコールになっていると思うんですよ。

ホントは助けを求めることは

相手を尊重していることでもあるわけなんですが、

常に迷惑をかけてしまっているような気になってしまいます。

 

 

 

 

 

世の中で成功している人たちは、

この気遣いのようなものを世渡り上手に昇華させている人たちで、

同じような気持ちは持っているのに、

不器用な人たちは社会不適合者のレッテルを貼られています。

 

 

 

 

 

私が今日どうしても言いたかったのは、

社会適合者も不適合者もそこまで大きな違いはなく、

ただ社会の受け入れている価値が

とても狭いと生きづらさを感じる人が多くなるな、

ということです。

 

 

 

 

同じ労働でも、家事だと収入は得られませんが、

誰かの指示したことであれば、収入が発生します。

もっと色んなことが受け入れられる社会であれば、

私のような社会不適合者でも、

新しい価値を生み出すことができるはずです。

 

 

 

 

人と繋がる際のストレスやしんどさは、

本来優しさや気遣いの裏返しのはずですから。

 

 

 

 

 

 

本日もここまで読んでいただき

ありがとうございました。

 

 

 

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