児玉就英とは~毛利水軍を率いた草津城主児玉就英(こだま-なりひで)は、1554年に安芸・草津城主である児玉就方の子として生まれた。父である児玉就方(こだま-なりかた)は、武勇ある武将で、毛利元就の家臣に加わると、1551年から草津城主として川内水軍衆の統率を任されていた。児玉就英は、1569年、尼子再興軍の尼子勝久・山中幸盛らが出雲へ乱入した際、父と共に毛利水軍を率いて出陣し、日本海側で戦っており、1570年の尼子氏討伐でも出撃したと考えられる。この記事の続きはこちら石田三成とは 真田幸村とは 真田丸とは