長宗我部盛親~土佐再興に命を賭け大阪城に馳せ参じたが 長宗我部盛親(ちょうそかべ-もりちか)は、土佐の大名・長宗我部元親の4男として1575年に生まれた。幼名は千熊丸。 母は斎藤利三の妹(正室)。 1586年、命令無視した仙石秀久が壊滅すると言う戸次川の戦いで、十河存保らが討死した際に、長兄・長宗我部信親も討死した。 その為、兄の香川親和を推す一派、津野親忠を推す一派、長宗我部盛親を推す一派と分かれて、家督争いが起こる。前田慶次 晩年など 真田幸村とはこの記事の続きはこちら