ごきげんようでござる。真田幸村じゃ。
本日はお日柄もよいからの、松下村塾において、高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一とともに「松門の四天王」と称されたと言う吉田稔麿殿が、学問の為、江戸へに行ける事になった話をしようかの?
さて、吉田稔麿殿は伊藤利助殿(伊藤博文)とはほぼ同年代で、共に貧しい出であったことから、どうやらライバル心を持っていたようじゃ。
伊藤利助殿(伊藤博文)は、百姓の出であったが、その優秀さから足軽の家に養子として入り、江戸勤務も行い、長州藩士の来原良蔵殿に認められて、吉田松陰殿の松下村塾に入塾して来たのじゃ。
すなわち、ただ学問をしている訳では無く、藩からも期待されて勉学に励んでいると言う事じゃな。
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ごきげんようでござる。