大久保教寛・大久保教翅と荻野山中陣屋 (厚木市)  | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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 大久保教寛は、荻野山中藩・大久保家の初代の大名で、相模国愛甲郡中荻野村(現在の神奈川県厚木市下荻野)に「荻野山中陣屋」(荻野山中藩の藩庁)を設けた人物である。

 この大久保教寛は、1657年に大久保忠朝(大久保忠隣の孫)の次男として誕生した。
 この頃の父・大久保忠朝は3000石で小姓組番頭であったが、1670年に従兄の肥前唐津藩主・大久保忠職の養子となり、家督相続して唐津藩主(83000石)の大名となった。
 その後、1677年に幕府老中、1678年には下総佐倉城に国替となり、1680年の時点で93000石、そして1681年に老中首座にまで登り詰めた。
 1686年には、相模の小田原藩に国替えとなり、103000石、のち1694年には113000石となった。

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