本願寺顕如~信長を困らせた浄土真宗の名僧 | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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 本願寺顕如が生まれたのは、1543年1月7日で、本願寺第十世証如(本願寺証如)の長子として誕生した。幼名は茶々で、母は庭田重親の娘。

 この頃は大阪の石山本願寺が浄土真宗の総本山となっており、一向宗と呼ばれた本願寺の伽藍は城郭にも匹敵する規模であり、周辺に形成された寺内町を中心に大きく発展した。
 通常の宗教では、宗教や僧侶が信者に対して救済すると信じられているのに対して、一向宗では、信者が人々に対して救済を行う事を認めていた事からも「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱える信者の団結力は強く、不満を持つ人々と共に「一向一揆」と呼ばれる反乱も起こした為、徳川家康・上杉謙信など多数の大名が一向宗の禁教令を出し、本願寺の脅威は時の権力者たちに恐れられた。

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