黒田一成~黒田官兵衛・黒田長政を支えた武勇高い名将 | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ
黒田一成は1571年、伊丹村(兵庫県)に加藤重徳の次男として生まれ、幼少のころは玉松と呼ばれた。
父・加藤重徳は、有岡城主・荒木村重の家臣で、母は不詳。
1578年、織田信長の家臣になっていた荒木村重が謀反を起こし、有岡城に籠城。
その際、豊臣秀吉の使者として、荒木村重に翻意を促すため、黒田官兵衛(黒田孝高、黒田如水)が有岡城を訪問したが、荒木村重は、黒田官兵衛を有岡城の土牢に投獄した。
ここで、黒田官兵衛は約10ヶ月間、不自由な身となったのだが、それでも生き長らえたのは、当時、牢の監視役だった、荒木村重家臣・加藤重徳(伊丹加藤又左衛門)のお蔭だと深く感謝していた。
加藤重徳も、黒田官兵衛の智才を慕うようになり、せめて生命だけは絶たれないようにと、できる限りのことをしたようで、商人に扮した黒田家家臣の栗山善助(栗山利安)らとの面会や差し入れも、発覚したら加藤重徳自身の首が飛ぶのも覚悟で、密かに黙認していたようだ。
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