豊臣秀吉の小田原攻め 武田勝頼亡くなり武田を滅亡させた織田信長であったが、本能寺の変で明智光秀に討たれると、織田家の支配からも外れた甲斐・信濃などの武田遺領を巡って、上杉景勝、北条氏直、徳川家康が争った。 1582年10月末に、甲斐・信濃は徳川領、上野は北条領として和睦し、徳川家康の娘・督姫(とくひめ)19歳が、北条氏直の正室となり、北条家と徳川家は親戚となった。前田慶次 晩年など 真田幸村とはこの記事の続きはこちら