黒田光姫 (櫛橋光) (くろだてる)~黒田官兵衛の正室    | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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 櫛橋光(櫛橋照)(くしはしてる)は、播磨国加古川の志方城主・櫛橋伊定(くしはしこれさだ、櫛橋左京亮伊定、櫛橋豊後守伊定)の娘で、1553年に誕生した。

 1567年に、黒田孝高(黒田官兵衛)が、黒田家の家督を継ぎ小寺家の家老になると、小寺政職が嫁を世話し、小寺政職の姪にあたる櫛橋光が小寺政職の養女となり、黒田孝高(黒田官兵衛)の正室として結婚し、姫路城に入った。
 黒田官兵衛22歳、光姫は15歳であったとされ才色兼備の大柄な女性であったと伝えられている。
 婚姻の際、櫛橋家は「甲冑」を黒田孝高に贈ったという話が、櫛橋家に伝わっている。
 1568年12月3日には、黒田長政(松寿丸)を産み、1582年には、黒田熊之助を産んだ。

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