実際の山本勘助~どのような人物だったのか? | 戦国武将・幕末志士を偲ぶ

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実際の山本勘助

 武田家は滅んだ大名のため、武田家に関する資料は多く残されていない。
 武田氏の戦略・戦術を記した軍学書として「甲陽軍鑑」が有名だが、正確な著者は不明。武田信玄・勝頼に使えた武将・高坂昌信が書いたものを、江戸時代初頭に甲斐に一度も住んだ事のない小幡景憲らが編集したと言われている。
 山本勘助に関しても、その「甲陽軍鑑」からの記述が江戸時代からずっと我々が認識する武田家・軍師「山本勘助」となっている。
 しかしながら、この甲陽軍鑑の編集者の1人に山本勘助の息子・鉄以の名がある。自分の出世の為などに、多少なりとも父・山本勘助の功績を過剰に記載した可能性が捨てきれない。実際、甲陽軍鑑には史実と異なる不確定な要素が多く、とても武田に詳しい人物が書いたとは思えない為、歴史書としての評価は低い。

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