小田原の石垣山城は、皆様ご承知の通り、豊臣秀吉が小田原城攻めの際に、一夜にして石垣造りの城を出現させたことから「石垣山城」と呼ばれています。
小田原城からは直線で3キロの距離にあります。
天正18年(1590年)3月1日、豊臣秀吉は京都から出陣して、山中城など北条家の最終防衛線を突破し、4月6日には箱根湯本の早雲寺に着陣しました。
そして、小田原城を見下ろす笠懸山に、この日に登ったようで、築城を決断します。
以降、昼夜2交代制による、石垣山城の普請が開始されました。
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