真田幸隆(真田幸綱) サナダユキタカ 1513年 ~1574年5月19日
真田幸隆の出生には諸説あるが、信濃国・小県郡(現在の長野県東御市)の豪族・海野棟綱の次男あるいは真田頼昌の次男と考えられ、真田荘(現在の長野県真田町)に在住して真田姓を名乗ったと考えられる。
古文書などには真田幸綱と記載されている事が多く、晩年に真田幸隆と改めたものとも考えられる。この章では真田幸隆で統一してご紹介したい。弟は諏訪神氏系矢沢氏を継いだと考えられる矢沢頼綱。
真田幸隆の正室は真田家臣である河原氏の娘か、藤原隆正の妹とも言われている。正室の名前は不明。
子に真田信綱、真田昌輝、真田昌幸、真田信尹、金井高勝。3男だった真田昌幸の次男が真田幸村(真田信繁)と繋がる。
前田慶次 晩年など 真田幸村とは
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