母が亡くなった…
誤嚥性肺炎とのこと
痰が絡んで窒息
発見した時には
既に亡くなっていたようだ
(発見時、意識がなかったため
すぐ私に連絡し
医師の死亡確認後、再度私に連絡)
私が病院に着くまで
数時間かかってしまうため
Yさんと母の一番上姉に連絡
私が病院に到着した時には
Yさんは落ち着いていたが
”病院の責任だ”などと騒いでいたそうです
Yさんの気持ちも
理解できますが
そんな四六時中
看護できる訳ではない
定期的に痰の吸引をやっていたが
”タイミングが悪かった”
これに尽きる
(不謹慎ですが
これも母の悪行が招いた結果…
皆から看取られる事なく
誰も気が付かず
一人で逝く運命だったのかな
本人も本音を漏らした時
一人さみしく…
と言ってましたからね)
私は母が亡くなったのに
悲しいとか辛いとかの
感情が皆無だったことが
逆にショックでした
病院に到着して
医師から再度死因による
簡単な説明を受け
医院の方から
今後の流れの説明を受けた
なんと
あと1時間位で場所を
移動しなければならず
すぐに葬儀屋の手配をすることに
この後
葬式から遺産相続まで
ネタが諸々出てきますので
まだブログは続きますが
ここで一旦母について
総括入ります
このブログで
不倫した母の生き様を紹介してきました
どうでしょう…
不倫して人の家庭を壊し
旦那様を奪って一緒に暮らし…
幸せな生活だったでしょうか?
推測ですが
幸せを感じたのは
お花畑のド真ん中に居た時だけ
だと思います…
母の場合
妊娠してYさんから堕胎を勧められ
お花畑から抜け出ました
そこからの人生は
常に不安との戦い
結局不安に押し潰され
精神的に崩壊
妄想マシーンに成り下がってしましました
(金の亡者にもなりましたね笑)
最後は
悪行の全てを
無かったことにしたかったのか
若年性認知症
断定はできませんが
母の本音を加味して想像すると
決して幸せな人生だったとは
言えなかったと思います
晩年の母は
Yさんの無責任さも相まって
悲惨でしたね
Yさんのご都合主義で
施設に預けられっぱなし
車いす生活になったら
関係のない病名を言われ
検査入院させられ
放置プレイで
致命傷を負うことに
第二次奇行戦争の時に
”籍は入れないけれど
結婚したのと同じ
一生母を守ります!”
と宣言しておいての
自分は他人だから…
介護は娘がやるべき!
と責任を擦り付け逃げまくったYさん
そんな事とは露知らず…
母は意識があるときは
Yさんの顔を見ると
ニコニコしていたそうです
(Yさんと認識していたか
不明ですが)
介護医院の看護師さんから
そのような報告を受けました
いまだに母の事は
軽蔑してますが
これを聞いた時に
こんなになってまで
まだYさんを慕っていたんだ…
ほんの少しだけ母の事を
気の毒に思いました