ドクロいままでの経緯ドクロ
・母31歳→母とYさん不倫開始
・母38歳→母の妊娠騒動
・母45歳→夢の不倫御殿購入失敗から金の亡者に
・母57歳→Yさん浮気疑惑で母の病みが確定
・母58-60歳→妄想ストーリー大量生産
・母64歳→若年性認知症になる
・母69歳→急逝

 

離婚するなら今しかない!

 

愛人がいなくなり

仕事もなくなり

地位もなくなった

 

彼は今何もない

このタイミングで

妻もいなくなったら?

 

最後に孤独が待っている

一番ベストなタイミングだニヒヒ

 

そこで奥様はすぐに

離婚に向けて準備を始めた

 

弁護士さんから

財産リストの作成をすすめられ

取り掛かることに

 

離婚を切り出した後だと

隠蔽の恐れがあるため、

切り出す前に調べる必要があった

 

平行して家の中にある

Yさんの私物の整理

 

一緒に暮らしていなくても

呆れかえるほどの荷物だ…

 

どちらも時間がかかり

実際、財産リストは厄介だったそうだ

会社名義と個人名義の区別や、

財産分与の対象かどうかの判断など

 

奥様はこのタイミングですぐに!

と思っていたそうだが

そうもいかず…

 

母が亡くなって

ある程度経ってからの三行半

逆に残酷度が増したような気がするドクロ

 

 

そして一番知りたい

Yさんが奥様から離婚を突き付けられた時の反応は?

 

 

聞いていない振りをしたそうです真顔

 

いつものように朝

奥様が住んでいる家の中に入り

新聞をザっと見て

お茶をすすって…

 

その時に

奥様が”離婚しましょう”

と言ったそうです

 

うんともすんとも言わず

新聞を見ていて

 

聞いてるの?

の返しも無く

 

そのまま片付けもせず

家を出たそうです

 

Yさんお得意の

いつもの逃げパターン…

 

 

これでやり過ごせると思ったのか

次の日の朝も

普通に家に入ってきたため

奥様は離婚届けを渡したそうです

 

そうしたら離婚届けを持ち帰らず

そのまま置いていったそうで…

 

仕方ないので弁護士さんに連絡し

事務所にYさんを呼びだしたが

すっぽかされたそうだ

 

最終手段

家にYさんが来る時間帯を見計らって

弁護士さんと奥様で待機

 

朝、いつものように家に来たため

そこで離婚の話し合いがスタート

 

以後、Yさんは朝も夕方も

奥様の住んでいる家に

来なくなったそうです笑

 

 

最初は離婚を渋っていたが

奥様の意志が変わらないのと

別居の根拠資料から

これは渋っても無理と判断し承諾

 

そこから争点は財産分与へ

 

そうそう財産分与って

ざっくり言うと

価値が変動する資産

(株式や不動産など)は離婚時の価値

預金や保険などの財産は 別居時の価値

 

で評価して分与するのが原則なのですよ

 

しかしYさん夫婦の場合は

別居時が曖昧で

しかも別居と言えるか?

Yさんの別居対策の効果が発揮し

明確な別居の時期が不明なのだ

 

よって離婚時の価値で

評価し分与することになりました

 

しかも、母と暮らし始めた時の方が

預金額が今の数倍もあったそうで…

(バブル期でしたしね)

Yさんサイドは

離婚時にした方が得策と踏んだそうです

 

(一応奥様が別居の事実証拠を集めましたが

これはYさんが離婚をゴネた時の武器、

いつ別居したか?の証拠ではない)

 

裁判などになったら

もっと厳密でしょうが

お二人は弁護士は立てましたが

あくまで協議離婚

 

お互いの落しどころを

弁護士に相談して決めたそうです

 

おかげ様で

私が振り込んだ母の遺産も

離婚時の預金額で分与され

慰謝料作戦が成功したのですよ

 

(少し賭けでしたが

Yさん夫婦の場合は離婚時の預金額

になると踏んでました)

 

財産分与は

Yさんがゴネまくり

先が進まず一番大変だったそうです

 

Yさんサイドの弁護士も

Yさんの要望はハチャメチャで

説得するのが大変だったそうだ

(奥様サイドの弁護士談)

 

どうにか説得し

無事財産分与も片付き

晴れて離婚成立

 

Yさんの心境が聞きたくて

着信拒否を解除したが

今日まで私にはさすがに連絡が無い指差し