こんな山の中にあるワシントン州の少年院の話の続き。この中にある女子房には、ワシントン州以外からも入所している。ここの房だけ女子が集まって生活しているが、他の房は全員が男の子ばかりだ。後に何度か、男の子ばかりの房でもボランティアをしたが、その話は又の機会にする。

 

お料理教室に参加してすっかりと楽しくなった私は、正式にボランティアとなる事に決めた。そこでは一度だけ、ゲストボランティアとして訪れる事が出来るようになっているが、正式ボランティアとなるには、様々な手続きが必要だった。分厚いボランティア申請書、ボランティアの動機、4名の推薦者、バックグランドチェックで犯罪履歴が無い事などの証明が必要となった。

 

ーーーーーーー 時間がかかった。数か月待ってやっとボランティアとして登録された。が、その後も色々な書類にサインをさせられた。ここでの子どもたちの写真や名前などは守秘義務があるので、出さないし書かない。て言うか、携帯持ち込みは出来ない事になっていた。実際、新しく入った刑務官が受刑者と一緒の写真をソーシャルネットワークに出していて首になっていたことがあった。という訳で、許される範囲内で私の体験談を書いて行く事にするね。

 

なぜ、書くか?少しでも子どもたちの事を理解してくれるといいなと思う気持ちで書いている。

 

ここでは、子どもたちがどうして、ここに入ったのかなどはボランティアは聞いてはいけないことになっている。子どもたちから教えてくれる分には良いけど、それら一切他言は✖。

 

コロナが始まるまでの3年間、ここでボランティアをやった来た。私の中では、子どもたちと接していて「犯罪者」と言う事は一切、考えずに「ただの子どもたち」という部分だけを見て接して来た。ここの女子房で出会ったのは、12歳位からティ―ンエージャーの年齢だが、私はあえて「子どもたち」Childenの部分だけに焦点をあてて接してきた。

 

そして、彼女たちの中身はものすごく子どもたちだった。

 

続く。