私事で恐縮です。去る19日(日)高校2年5組の同窓会が、神奈川県秦野市のグランドホテル神奈中秦野2階の中華料理レストラン東光苑で行われた。
私にとっては、高校卒業後初めての同窓会参加となり、実に33年ぶりの事である。今回は当時担任をされていた先生が、定年退職され、我々も50歳という節目を迎えるのを兼ねて行われたのである。

「お~久しぶり~」「…誰だっけ???」すっかり頭が淋しくなり、当時の面影思かり失くした奴から声をかけられる。「なんだ忘れちゃったの?○○だよ!」「あ~っ!」と思い出すやつもいれば、当時と全然変わらない奴と様々だった。

これまでにも何度か同窓会の案内は、来ていたのだが、どうもこの「2年5組」というのは私にとっては愛着がなく、あまり良い思い出はなかった。「不良」と言うと語弊があるが、このクラスはそこそこの悪さをする奴らが集まっていて、それなりに一体感があった。しかし、当時超真面目だった私にとっては、居心地が悪く、授業中とにかくうるさくて「黙れ~!」といつ切れてもおかしくない状態だった。そんなわけで、今回初めてこのクラスの同窓会参加となった。


私のように東京に住んでいるのは、ごくわずかでほとんどが地元の伊勢原市や秦野市に住んでいた。

かつてはちゃらちゃらしていたやつが、結構しっかりとした仕事をしていて、実は、同窓会をやったホテルの“支配人”をやっていた。

しかし、33年の時が過ぎてもやはり私は“浮いた存在”だった気がする。



 皇后陛下はきょう80歳の傘寿を迎えられた。心からお祝いを申し上げたい。
 天皇陛下が昨年12月23日、80歳の誕生日を迎え、両陛下がともに傘寿となられたことは、国民にとって大きな喜びである。

 天皇陛下に寄り添われ

 皇后さまは傘寿を迎えるに当たり文書でお言葉を発表され、「(天皇陛下が)時に厳しく、しかしどのような時にも寛容に導いて下さり、私が今日まで来られたのは、このお陰であったと思います」と振り返られた。

 重要な式典や様々な会合、外国御訪問など、陛下のお側に皇后さまが寄り添っておられるお姿は、いつ拝見しても安らぎを与えてくれる。

 われわれ国民の皇后さまへの感謝は、何よりまず陛下を支えてこられたことに対するものであるべきだろう。陛下は平成24年2月、心臓の冠動脈バイパス手術を受けられたが、皇后さまは毎日のように病院にお泊まりになり、常にお側にあった。陛下の順調な御回復には、担当医たちの努力もさることながら、皇后さまのお力が大きかった。

 両陛下は常に「国民とともに」のお気持ちで、国家と国民の安寧の祈りを捧げておられる。自然災害の多発する日本で、被災者に寄り添い、慰め励ましてこられた。今年も広島の土砂災害や御嶽山の噴火などが相次いだ。皇后さまは傘寿のお言葉で「犠牲者の冥福を祈り、遺族の方々の深い悲しみと、未だ、行方の分からぬ犠牲者の身内の方々の心労をお察しいたします」と気遣われた。

 皇后さまの祈りは、日本だけにとどまるものではない。平成10年にインドで開かれた国際児童図書評議会に送られたビデオメッセージ「子供の本を通しての平和――子供時代の読書の思い出」は、世界の人々に深い感銘を与えたが、世界の子供たちの健やかな成長と福祉への願いが溢れる講演であった。

 傘寿のお言葉でも、来年が戦後70年となることを念頭に「平和の恩恵に与(あずか)っている私たち皆が、たえず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」と語られた。

 両陛下の外国御訪問による国際的な友好親善がもたらした恩恵は誠に大きいものがある。自然体での睦まじいお姿は、海外でも評判である。

 クリントン前米国務長官は日経新聞のインタビューで、皇后さまについて「彼女には深く個人的な愛情を感じる」と述べ、「優雅さ、聡明さ、親切さ、議論しやすい率直さ」を指摘。「日本社会の優しくも強いシンボルだと思う」と話している。「優しくも強い」という表現は、女性ならではの深い洞察によるものだ。日本国の慈母の背後の強さを改めて思わせられる。昭和8年生まれの陛下と9年生まれの皇后さまは、激動の時代に幼少年期を過ごされ、その後の様々な苦難を越えてこられた。だからこその優しさに違いない。

 御無理なさらないように

 忙しく御公務に励まれる両陛下だが、どうぞ御無理をなさらないようにと申し上げたい。側近の人々にはさらにしっかりしたサポートを求めたい。



【応援団長の独り言】
折に触れ、皇后陛下のお優しいお心を感じます。傘寿のお言葉の中で、「、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切」というお言葉は、まさにそのことを表していると思います。
久しく、ご健康であられることを祈念いたします。


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ズバリお金がない!



子どもの教育費は、いくらあっても足りない。大学生、高校生、中学生の3人の子供に恵まれているが、やはり、教育費はバカにならない。大学生の息子は、バイトをし、バイト代の一部は、学費に回させてもらっている。プラス奨学金、親の稼ぎで何とかギリギリだ。


高校生の娘は、服飾デザインの専門学校に行きたいといっているが、「うちは貧乏だからね。」言い聞かせていると、「バイトして稼ぐから大丈夫」と頼もしい。

次女は、来年高校受験が控えている。3人の中では一番勉強ができる。「とにかく都立高校に行ってくれ」と今からはっぱをかけている。


親としても情けない話だが、何とかしようとあれこれ試行錯誤している。


金が欲しい!





 特定秘密保護法が12月中旬に施行されるのに先立ち、運用基準が発表された。これを施行法でなく、諸外国と同じように政令にしたのは適切である。国家が直面する危機は極めて多様であり、同法は的確に対応して運用しなければならないからだ。問題は運用基準そのものでなく、国際情勢の変化に応じて柔軟に運用できるかどうかにかかっている。

 主権や国益守るため必要

 われわれが秘密保護法を考える際に真っ先に留意すべきは、独立国家が国際社会で主権や国益を守るための共通した必須機関、法律があるという点だ。同法は、その重要な法律の一つである。

 国家には、それが漏洩(ろうえい)すれば存立を脅かされる機密情報があるからである。それは企業でも同じことが言える。

 次に承知すべきは、第1次世界大戦以降、戦いはその烈度に関係なく総力戦となっており、その中で情報戦が極めて重要な役割を果たしている点だ。だが、わが国は情報公開法はあるが、秘密保護法がない世界で唯一の国である。旧ソ連のスパイ、レフチェンコ氏の証言で明らかになったように「日本はスパイ天国」となっている。その背景には、日本人の情報軽視の気質が潜んでいる。

 一部の左翼メディアは依然として「言論の自由がなくなる」などとして同法に反対している。欧米の主要議会制民主主義国家の場合、秘密保護法、刑法上の秘密保護規定が先に制定され、第2次世界大戦後、情報公開法が制定されている。両法について若干のトラブルはあるが、概して共存している。日本だけで両方が相矛盾し、言論弾圧に利用されるとの一部の主張は、自らを貶(おとし)めるものであり、首肯し難い。

 秘密保護法を立法趣旨以外に言論弾圧手段として悪用している国家があることは事実である。それは独裁国家、特に共産主義国家でよく見られる状況だ。皮肉なことに、これは左翼メディアが思想的背景としているイデオロギーを同じくしている国家である。

 今後、この運用基準を受けて国会論議が行われるが、重箱の隅をほじくるような揚げ足取りでなく、日本がいかに情報コントロール能力を身に付けるか、前向きの議論をすべきだ。政府も受け身でなく、この機会を利用して国民に情報管理能力の重要性を認識させるような答弁をするのが望ましい。

 その際、注意すべきは、第一に情報の漏洩を防ぐため、秘密指定を少なくすることである。秘密指定文書が多くなればなるほど、その扱いが乱雑になるからだ。

 第二に、行政機関内での地位に関係なく、当該秘密文書を必要とする者だけにアクセス権を与えることが漏洩防止の上で重要である。担当外の秘密文書については、おろそかに扱いがちだからだ。

 防諜機関設置も検討せよ

 第三に、英国のMI5のような情報漏洩を取り締まる防諜(ぼうちょう)機関の設置についても、早急に検討を開始すべきである。法は適用しなければ形骸化するからである。


【応援団長の独り言】

特定秘密保護法は、とかく左翼の方々が騒ぎ立てる問題だが、国に守らなければいけない秘密があるのは当たり前、それは企業においても、個人においてもあるだろう。
だからこそ、こうした法の整備は、当然だろう。むしろ遅いくらいかもしれません。
記事の最後にあるように日本にも何らかの【諜報機関】の設置は、必須だろう。早急な検討を願うところだ。




大学入試の抜本的改革を

 下村博文・文部科学大臣(教育再生、東京オリンピック・パラリンピック担当)はこのほど文部科学省大臣室で本紙のインタビューに応じ、これから推進したい教育改革として「大学入試制度」を挙げ、「抜本的に改革したい。100年に一度くらいの大改革だろう」と意欲を示した。また「日本遺産」を創設し、国内外の観光客の倍増を目指していく考えを示した。


具体的な「 大学入試制度 」とは?

「 日本遺産 」その選定基準とは?



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