今では、「茶道」と呼んでいますが、

古くは、「茶の湯」と呼んでいました。


「茶の湯」とは、

お茶を点てる「釜の湯」という意味です。


 古人は、

「茶の湯たぎれたぎれ」と言っているように

「釜の湯」は熱くなくてはならないものなのです。



 湯がたぎらなければ、

美味しい茶を点てることはできません。



 実はこれには、もっと深い意味があるそうです。


 つまり、「茶を点てるということ」に対し、

「心の内と外」は、

必ず一致しなければならないものなので、

「熱い湯」も「ぬるい湯」も

亭主の心をそのまま表していることになります。



「茶の湯」では、

「心のぬるい」ことを非常に嫌っています。

「お湯がぬるい」=「心がぬるい」というわけです。



 利休は、そういう意味で、

ぬるいことを非常に嫌ったそうです。

「湯がぬるいこと」も「ぬるくみられること」も、

ひどく嫌ったそうです。


 では、「ぬるい心」の反対の「熱い心」とは、

「ぴんと張りつめた心」のことのようです。


 つまり、「熱くたぎる心」とは、心身をあげて、

人に物にぶつかっていくことなのだそうです。




 茶の湯に対して、中途半端な気持ちではなく、

全力で真摯に向き合うことが大切なのですね。



 私も、「熱くたぎる心」を持ち続け、

邁進していきたいと思っています。



 今日の一服は、お濃茶。

 茶碗は、大樋焼。

 仕覆は、而妙斎好み 「松寿に宝」。

 菓子は、「初霜」。