あの日、学校での「奴」の対応が違っていれば、、、
あの日、二人になってから「奴」が私に事情を問い直したり、学校の不手際を責めたりしていたら、、、
私は今、全く違う指導者になっていたんだろうな…とよく思う
試される「その時」
絶対間違えてはならない「その時」が子どもに対してはある
「日々の想い」を試される「その時」
どんなに言葉を尽くしても伝わらない「愛」を伝えられる
どんなに言葉を尽くしても消せない「失敗」ともなる
「その時」
子どもたちは大人の反応を驚くほど見ている
ここだ!って「その時」を見抜く「アンテナ」を常に張っていきたいと思う
信念ある、揺らがない態度が子どもを安心させるのだから
きっとあの日、私の体に刻み込まれた
99の日常の正解があっても、「その時」の1を誤れば、子どもの成長する方向が変わってしまうこともあるのだと
「大人はみんな嘘つきだ」
「こいつ(母)を困らせてやる」
「こいつを私の前で泣かせてやる」
中学受験を終えた私はそればかりを考えていた
その後も、どんどんヤンチャは豪快にしていた
けれど、いつ、どんな時も「あの時」の「奴」を裏切る事はしてはならないと分かっていた
たった一人、「自分を心から信じる人間」が居る
それが、どんなに冷め、世の中全てに反発しているような時期にも届く、唯一の「言葉」なのかもしれない
お互いの間にできた「溝」や「わだかまり」を消す「チャンス」
(
ピンチがチャンスっ)
「親力」を試されるような事が色々あるだろうし、自信がなくなりそうな情報や出来事に出会う事もあるだろうけれど、、、
そんな時こそ!
どうか、どうか揺らがないでください
「信じる」
その言葉に「範囲」や「限界」は無い
対峙する事を諦めたり、疲れたりしてしまわない、裏切られたと感じるのは大人側の信じ方が足りなかったと反省でき、次に活かせるくらいの強さをもっていたい♪
信じ抜いた子どもは裏切らない、ホントです^^
「信じる」ということは、「信じる」ということで、「信じる」ということ(←銀色夏生?)
確信は伝染する
(壁 |д・)<不安は感染する)
(・・・と、母親である私も、この気持ちを忘れてしまいませんように
)
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