ど~も^^

今日は都内で雪が降りましたね~

東京の最高気温は、な、なんと4℃!!!?


そりゃ寒いはずですよ^^;


春はもう目と鼻の先です!!

皆さんも風邪引かないように!


今回も、前回に引き続きなぜ起業のキーワードに「傘」を選んだのか?」・・・その前に


の続編を書いていきま~す!


短い時間ですが、お付き合い下さいませm(_ _)m



<前回のあらすじ>

・・・・人生に淡い夢と期待を抱いていた兄貴と私。

そんな二人に降りてきた闇・・・

しかし、この出来事をきっかけにして、私は兄貴とある約束をすることになった・・・・



・・・・・・・・

病院に駆けつけた私は、兄貴の入院している病室へと急いだ。


階段を2段飛ばしで駆け上がり、


両親から連絡のあった病室番号を探し回った。


「ハァハァハァ・・・」


「ここだ!」


入り口のドアが開いていて、病室にはカーテン越しに両親が立っているのが見えた。


「ハァハァ・・・ッガッ・・・・ハァハァ・・・」


「あ、兄貴は!!!?兄貴はどこ???」っと勢いよく両親に聞いた私の問いかけに対して、


「やっほ~!おぉマサよく来たね~!!」




・・・・・!?




そこには、「入院」のイメージからは想像もつかない元気な兄貴の姿があった。





「???」



はて@@?


思わず私は、「な、なんだ???」


「えっ?なんだじゃないでしょ!」っと兄貴。


「俺!入院しちゃった^^」


「これでしばらく仕事休めるぞ~♪」


・・・おいおい兄貴よ^^;


元気な事はいいことだ・・・うん、いいことだ・・・けど・・・




昔から楽観的というか、プラス思考の兄貴は、病気の事で落ち込む代わりに、


しばらく自分の時間が持てるという事に注目して喜んでいたのだ。


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・・・こうして今考えると、生きてる間に自分や自分の周りに色んな事が起こって、


その時の自分には、「抱えきれないかも」っと思うような事があったりするけど、


眺める場所や方角をちょいとズラせたとしたら、その後の人生って大きく変わってくるんだなぁ・・・


っと最近特に思う。


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但し、その日から兄貴はある病気と人生を共にすることになるのだった・・・


病院の転院や壮絶な痛みの手術、病院での出会い、家族の支え・・・・


色んな出来事の渦が兄貴を包み、兄貴に試練を与えていった・・・



その病名は、「CIDP(慢性炎症性脱髄性多発根神経炎)」



兄貴は、一時期手足の機能が、


「90歳代の老人と同じくらい」


っという、衝撃的な診断を受け、障害者手帳を交付され、一人では行動できない状態となってしまったのだ。







しかし、兄貴は諦めなかった。







車椅子を使っても行動が難しいという状況の中であっても、


「車椅子に頼ってしまうと、ずっと歩けなくなる気がする」っと言い、


杖を買い、あくまでも自力歩行に挑戦し続けた。




そう、「自分の足で歩くんだ!自分の足で生きるんだ!」という目的のために・・・




ある冬の風の強い日、自宅療養を言い渡された後も、母親と二人三脚になりながらも


必死で自宅近くの田んぼ道で熱き続けた。


とめどなく吹き荒れる冬の風は、立つこともままならない兄貴の体にも


容赦なく吹き付けた。


兄貴は何度となくよろめき、時には手の支えなしに転倒してしまうこともあった。


転んでも、「痛ってぇ~!!!あぁ~転んじまったよ~!!!」っと言い、


すぐに起き上がって、また一歩一歩、歩き始める・・・


そのうしろ姿は今でもよく覚えている・・・


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☆その後、リハビリを兼ねて綴った日記は、1枚、2枚・・・っと増えていき、

  最終的には一冊の本ができた。

  その本では、私が今まで書いた内容を本人の目線でもっと面白く、楽しく描いている。


  ・・・ある日兄貴は、自分の体験した多くの事を「映画にするんだ!」っと言った。

  周りは否定はしなかったが、「なったらいいねぇ」っと返答していた。

 

  ところが、周囲の反応とは反対に、兄貴の本はドラマ化され、日本中の人たちに感動を与えたのだった・・・

 

  2008年8月、日本テレビの「24時間テレビ」にて放映されたドラマの名は・・・




  「みゅうの足パパにあげる」




 知っていいる人もいると思うが、約2時間のドラマは、全国の知人友人より多くの反響を頂いた。

 ・・・兄貴の夢は実現に向けて大きな一歩を踏んだのだった。



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・・・そう、ちょうど自宅療養になった頃・・・

今後についてよく兄貴と話していた。


私は専門学校を卒業する年になり、卒業後の事を考え始めていた。


兄貴は自宅に帰ってきたが、奥さんや娘とは離ればなれ。


生活するのも他人の介護が必要な状況で、家族を養っていけるわけもなく、


就職するあてもなく、


どうしようかと思い悩んでいた。



そして話し合った結果、今後の方向が決まったのだった。



「自分たちで起業して生きていこう」と。






・・・兄貴の入院からリハビリ、そして二人の今後・・・

悩んだ末に出した答えは「起業」の二文字だった。

二人で力を合わせて挑戦していこうじゃないか!っと・・・。



続編に続く・・・