自分の先進性を認める。

 

大人が、この世界を引っ張るのだ。

 

誰でも、自分の人生には自分で責任を持っていたほうがよい。

自分にとって、他者とは何者か?

時にやさしく、時にきびしく接してくるこの者たちは、いったいなんの為にいるのか?

自分一人で解決できないことがあるんだろうか?

私は、他者の意識の投影なのだろうか?

私は、他者の影なのか?

謎だ。

もし、不幸になることが自然なことだとしたのなら、それは、逆に、紛れもなく幸福なことだと思ったほうがいい。人間は、自分がどれほど不幸であるかと知ったとき、幸福の姿を同時に見ることになるからだ。あなたの不幸は、決して世界の不幸ではない。自分が、何かに対して犠牲になる、ということは、ある意味幸せなことだ。あなた一人ではない。それは、わかっているはずだ。あなたの苦しみは、あなたひとりの苦しみではない。苦しみは、相対的なものだ。苦しみの姿を知ることが、まず大事だ。人の生き方とは、どう苦しむか、ということに因るものも大きい。苦しみは、一筋縄ではいかないが、それでもいい。苦しみを分かち合うこと、それが、人間同士でできることだ。私は、一人ではない、そう強く思う。