梅さ〜ん

1週間前のことになるが、9日の「母の日」に、台中の義母、日本名(うめ)さんへ電話をかけ、張りのある元気な声を聞いて安心した。

実の母親は5年前他界しているので、その分義母の梅さんには、うんと長生きしてほしい。

本来東京五輪に合わせて義母を日本へ呼ぶ予定であったが、7〜8月の災害級の猛暑時期に開催期間が決定してから呼ぶのを断念した。

もっとも仮に秋開催だったとしても、武漢ウイルスが収束していない限り到底呼ぶことはできないが。




本題へ

わたくしが直近で台湾へ行ったのは2019年11月のこと。

















ただただ懐かしい

武漢ウイルスの影響により1年半訪台していないことになる。

あの頃の何気ない日常が、ただただ懐かしい。

あの人、この人、会いたい人たちの顔が次々と浮かんでくる。

この疫情下では今後も当分台湾へ行けないだろう。その前に国内移動もままならないが。



〜思い出の朝食をリクエストする〜

1年半台湾へ行っていないことを察してか、かみさんが「あんた、何食べたい?」と聞いてきた。

台北での苦学生時代、朝の通学途中よく食べていた油條(揚げパン)と、燒餅(小麦粉を平たく練った生地をパリパリに焼いたもの)が無性に食べたくなり、この2つをリクエストした。

が、油條は大振りの鍋を用い、大量の油で揚げなければならないので却下された。

で、燒餅ショーピィア(閩南語読み)」なら大丈夫だというので作ってもらうことにした。




いよいよショーピィアのそれらしい形になってきた。







んだんだ、これだこれだ!


夾蛋燒餅

卵焼きを挟んだ(ショーピィアガーヌン
懐かしや台湾朝食の定番。

この時だけは日本に居ながらにして台湾にいる気分にさせてくれる。

うまし!うまし!

行きたくとも行けないもどかしさを、せめて食だけでもという想いで作ってくれたかみさんに感謝。