○ 八畳間の植物園(因縁果)、春近しお見事!

  

 

 「吉田綾霊談集・上」巻79ページからの抜粋紹介です。

 本協会はもなく80年を迎える。下記は、

 創立者で初代理事長吉田正一氏の奥様(優れた霊能者)

 綾さんが精神統一会における霊談の一節(昭和42年)、

 心霊学徒として生活に密着した親しみやすいすばらしい

 霊信、読む人それぞれの境地の違いこそあれ、心に響く

 多くの啓示がちりばめられています。

 一度と言わず二度三度、日月年を変えお読みいただく、

 顕幽を生きる知恵が満ち満ちているので紹介致します。

● 肉体と霊魂

(1) 霊魂の進化とは、各種各様の物の中で 心が周囲に起こってくる 善悪の事柄を 心の糧として、より良きもの、より高きもの、より優れしもの、より美しいものなどを求めて向上進歩し、より大なる調和により、より大なる統一を目指して、心霊が神霊となり、大元霊に帰一合一するとするならば、再生の時の霊魂はどれかと言う事が考えられます。

(2) それはその霊魂の所属する類魂中の高級霊等協議の結果、進化のために肉体に宿らせ、地上生活の経験をさす事が最も好ましいとされる霊魂の部分でありまして、則ち地上生活は霊魂の未発達の部分で、それは永遠の進化過程の一環であって、未発達の魂にとっては肉体を自己表現の機関として 地上生活の経験をすることが一番楽とされる霊魂であります。従って全部再生でないのでありまして、全部再生出ないという事は、死んだ人の霊魂がそのままそっくり生まれ変わるのではないと言う事であります。

(3) でありますから、この現象の世界は、未発達の性格同士の集まりが人間としての営みをしているのでありますから、十善の性格の者は一人もおらないのが当然でありしょう。

(4) このような鈍重な肉体と言う皮衣を被り、ぬくぬくと修行しておられるのも御祖の厚い深いそして暖かい恩恵によるものであります。

(5) 人間とは、“肉体”と“霊魂”“生命力”の三位一体が人間でありまして、そのいずれが欠けても人間とはならないのです。

(6) 昔の人は人間の肉体の骨は父親から、その肉は母親からの預かりものとされ、この預かりものに傷を付けては不幸になると戒めて来たものです。つまり先祖代々相続して受け継いできている大切な預かりものだから、自分のわがままから粗末にしてはならぬと言う事です。それを不心得者は、いかにもこの世へ招かれたお客様でもあるかのように、世間の人はもっと自分を優遇してくれてもよさそうなものを、と不足不満に思うから肉体はその心の動くままになり、正直に暗い陰気な容貌になっている人もあります。またその反対に、一切を素直に受け入れ、一つ一つ努力し善処して、顔色がいつも生き生きとして人相も良く、人に好感を持たす人もあります。そのいずれもが肉体の主人公たる霊魂の心がけによるものであります。

      “いくばくも生けらじものを なにすとか はたもなつみて面くもらすも”

(7) 今 仮に魂と肉体の関係を桜の木に喩えてもうしましょう。雪降りしきる厳冬に、いくら肥料を施しても花は咲きません。因縁が熟して春になれば、爛漫たる桜花が見られます。花のない時も桜の木はあります。花咲くときも桜の木はあります。つまり生きている時も死んでも、魂は厳然と生きていると言う事であります。然し魂の花である肉体は、「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」で、まさに儚いものとされております。