
○ 初秋 秋風にそよぐすすき
引き潮
◇天寿
8月11日祝日94歳6ヶ月で母は逝く。(父は4年前96歳で逝った)
◇感謝と本望
本ブログにもたまに登場している、家内の母はおばあちゃんとして、
平成4年から25年、家族として炊事洗濯掃除の一切を賄ってくれた。
そして10年遅れで合流した父のおじいちゃんも加わり親子4人、
何の気がねも無い理想的な家族生活を経験させていただいた。
◇親孝行
途切れそうな家系を継承せしめ、実生活の中で父を見送り、
そして母も見送った。
かわいがられ育てられた家内(長女)は、その恩を完全にしかもさりげなく果たした。
振り返って、家内の背後様の後押しの強さに感服する次第である。
◇環境
母は連れ添いが逝った頃にけがをし、一人で家に居ることが難しくなった。
僕も家内もまだ仕事をしていたため、
娘(孫)が気を使って紹介してくれた、
医師配置の和やかな施設生活に入る。
自宅から30~40分あるが入居者の自立を目指す優れた施設で、
晩年は歳相応の自力次第による自然体の治療を選択する。
いずれにしろ娘(孫)が一番おばあちゃんの面倒を見ている。
◇状況
1ヶ月ほど前から食事が細くなる、家内は食べたいものを持ち寄り、
点滴だけでは生きていけない、食べないと死ぬよと叱咤激励、
我慢しながら少し少し口に運ぶものの、
1週間ほど前から食事が進まなくなる。
血圧は低く口数も少なくなり、寝ている状態が多くなってきた。
◇当日
9:03息子(孫)から≪おばあちゃんのところに着いた≫
のメールを受ける。
僕は自宅待機、家内はのっぴきならない所用で外出している。
息子(孫)は事態の共有に、状況の逐次を姉と母と僕へメールしている。
事態の変化のつど様子がメールで届く。
一時にしろ一人、祖母の生死の狭間に心細かっただろう。
≪熱が高い熱さましシート入れてもらっている≫
≪酸素吸入している≫
≪抗生剤点滴しても熱が下がらない、40度もあり、苦しそう≫
≪座薬をどうするか検討している、血圧も下がり危険≫
≪12:07メール お姉ちゃんが仕事場から駆けつけて到着≫
≪12:13メール 自発呼吸やめそう≫
≪12:17息子が母(家内)の携帯に継ぎ、祖母の息を引き取る瞬間を音声で伝えた≫そこには娘(孫)が≪はーい おばあちゃん息吸って はーい吐いて・・・・・ああっおばあちゃん・・≫祖母との最後のやり取りがあった。
◇検証
仙台港の8月11日の干潮は11時47分、潮が引き切った時刻である。
おばあちゃんは自然の中、12時17分息を引き取った。
最愛の孫とのふれあいを惜しみ、励まされ、最後の力をふりしぼった余命の30分だったのだろう。