
〇 秋の名残り 公園の朝

十一月
雪囲いはどうじゃったかな。
少し残ったが上手くやれたようだな。
その前に柿もぎもあったな。
これも上手く収穫して皆に配り喜ばれるのを見た。
住まいの軒下見下ろせば、きれいに吊るした干し柿群に秋の風物詩を見る。
田舎では、葉も落ちた柿木の枝に、もぎきれなかった小さなあかい実が、
ひと時の青天に見事に散りばめられて映え、変わらぬ自然の摂理は美しいのう。
そなたが、決めた田舎のご用達日はいづれも雨曇りじゃよ。
俗界俗事で生きる上での計画であれば、予報が雨でも槍が降らない限り進めるだろう。
そしてその上で荒れない様にと願うのはごく当然のことじゃ。
この両日共、おかげさまで“雨から救っていただいた”と思うのはいい。
神力によりて天界地界人界を治める故、必要とあれば何でもできる。
しかし“時と所”を同じくして、数多の者の異なる願いは同時に叶わぬ。
でも思いのとおり、そなたは、雨から救われているのだ。
何か特別の事が無い限りその日の降雨量は変えられない。
しかし降らせる時間と場所は微妙にそして相応に変えられる。
そなたは、決めた時間で仕上げようと行動した。
そして雨が落ちて来たら屋内へ戻り、お茶を飲んだり他の準備をする。
雨が上がったらまた仕事に戻る。
何の不思議もなくそなたは雨に煩わされずに目標を達成したのだ。
世間ではこの様子を見て曰く「雨を避けて本当にラッキーですね」
ところで毎朝真摯に参拝するは感心、何を願うでもなくただ、
“今日も一日みずみずしく輝ける存在で仕事ができますようにお見守り下さいませ”
なかなか殊勝な祈りじゃのう。
【龍神のつぶやき】が聞こえる。