
○ 屋上憩いの場 読書はゆるやかな時が流れる
年 の 瀬
Ⅲ術後
◇目覚め
〈 ○○○○さんですか 〉《 はい そうです 》〈 深呼吸をしっかりしてください 〉 《 はい 》 おわりましたよ 〉《 ありがとうございます 》
術後の手術室の光景は何も残らない、ただ何か大事な事が終わったんだと。昼過ぎ寝台車で向かう個室、そこには家内と娘が笑顔で待っていた。それは、傷を負い凱旋した主役を包み込むかのように優しく感じた。
◇異常
術後のベットへ落ち着く装備装着に看護師さんが動き回っているようだ。何故か本人の精神状態は高揚、ケアをして下さる看護師さんとのいろいろなやり取り、受け答えも異常、律儀過ぎるのはいいものの聞かれもしない事を、
十五年前の病院オープンする頃、向い6階にいて通信設備の管理をしていたとか、あの50ヘクタールもある敷地の白河研修センターもそうだったとか、古くは国分寺の中央学園にいた頃、中央看護学校との交流、三社(国鉄・電電・郵政)大会の思いでとか、いわゆる国鉄一家の親しみから、しゃべりまくっている。また、入院する経緯からこのブログも紹介もしている。
“お酒を飲んで楽しくなるのはいいけど、自分だけ楽しくなっている情況”と似たりと、看護師さんに「いやな爺さん」と、ハイテンションに異様を感じた家内、〔酸素マスクを着けているんだからあまり話さない方がいいよ〕
N先生が術衣姿で様子を伺いに来る。≪ どうですか ≫ 《 順調ですありがとうございます 》 多分本人は何が順調なのか理解していない。ただ、今の状態に感謝しているのだ。家内と娘は主役の無事を確認して夕方個室を離れる。主役ははしゃぎ疲れて眠りに・・・・・
◇時間が故障
《 なん時ですか 》〈 8時過ぎです 〉 《 えっまだ8時ですか 》家内たちが帰ってまだ2時間、これは何だ。
主因の左肩は特別気にはならないが、尿管が固定され右腕には点滴が、そして酸素マスクが、両足にマッサージ機装着に気付くが、体が思うようにならない重苦しくジーとしていられない、まともに対峙しては気が狂う、物理的には逃げられない。この場の脱出は眠るしかない。しかし体が“うずき”眠れない。
ただこの場においてさえ今僕は息をしている、いや息をさせてもらっている。尊くきれいな酸素をいっぱい吸わしていただいているのだ。酸素マスクの深い呼吸を繰り返す、何回も何回も繰り返す。この時ほど息ができる喜びを覚えたことがない。眠る。
《 なん時ですか 》〈 9時です 〉 《 えっまだ9時ですか 》
酸素マスクの深い呼吸を繰り返す、胴体と足腰の健全が背骨の分節よろしく背伸びが手伝う、そして“人生最後の挑戦”が引き起こす限りなき付加価値に希望を馳せ眠りを促す。
《 なん時ですか 》〈 10時過ぎです 〉 《 えっまだ 》
体の“うずき”から気を削ごうと眠りを、また酸素マスクの深い呼吸を繰り返す。重苦しい“うずき”はこれでもかこれでもかと眠りを妨げ、夜が白けるまで続いた。苦しいもがきが無意識の内に、両足に装着されたマッサージ機を何度も蹴飛ばしアラームを、その都度看護師さんが処置しにくる、いくらケアの精神とは言え大変な世界で仕事をしている様は、日々修行そのものと感じた。一方僕は決意した事の付加価値には深い呼吸が原点である事を知る。
目覚めから数時間以上、麻酔は覚め切っていなかった。異様なハイテンションは全麻が覚め切るまでの副作用、そして生身の体に入れた刃物の傷、痛め止め薬の生体への作用に限界があるのだろう。取りあえず、耐えがたい重苦しい“うずき”の一夜を乗り切ったが・・・・・・
‹Ⅳへ続く›